それは手から始まる恋でした
 高良は私の手を取りキスをする。

 やっぱり手か……。

 そう思った瞬間、高良は私の頬に手を置いてゆっくりと顔を近づけてきた。高良の優しいキスは仕方なくするキスではなかった。

「風呂入るか?」
「うん」
「一緒に?」
「それはダメ」

 クスクスと笑いながら高良は目を閉じ、私のおでこに彼のおでこをくっつけてきた。高良は愛おしそうに私の手を触っている。そんな高良を私は愛おしく思った。

 お風呂から上がると高良は朝食を作っていた。高良はあとでお風呂に入るらしい。トーストに目玉焼きとウィンナーにサラダ。そしてカットされた果物。サラダと果物はカット済みのものを移し替えているだけのようだがそれでも嬉しい。

「どうぞ、食べて」
「ありがとう。いただきます」

 陽が差し込むリビングはまるで本当に愛し合っているカップルの朝食風景に思えた。彼が好きなのは、私の手だけなのに……。

「波野さんの部屋、今月一杯で立ち退くように連絡入れといたから早めに荷造りするように」
「え? どういうことですか?」
「昨日言っただろう。これからここがお前の家だ」
「あの、だからどういうことですか?」
「だから、今日からここに一緒に住むんだよ。荷物は必要なものだけ持ってきて、あとは処分するなり、まとめてここに送ればいい」
「なんで私がここに住むんですか?」
「俺は忙しくてなかなか会えないけど、一緒に住めばいつでも会える。付き合ってるんだし一緒に住むくらいいいだろ」

 いつでも会えるではなく、いつでも手を触れるということだろう。

「そんなに私の手が触りたいんですか?」
「は? 俺がいつそんなこと言った?」
「言わなくても分かりますよ。手ばっかり触るし、むしろ手しか触らないし」
「それは……紬の手が綺麗だから、つい」
「つ、紬?」
「なんだよ。彼女のことを名前で呼んじゃダメなのか? それに2人きりの時は敬語は禁止」
「でも……」
「紬は俺より年上なんだし、使う必要もないだろ。同じ年か年下にしか思えないけどな」
「それはどうも」
「褒めてないぞ。大人っぽくないってだけだ」
「は? 喧嘩売ってるの?」
「喧嘩って本当のこと言っただけだろ」
「今に見てなさい。大人の女性だって分からせてやるんだから」
「それは楽しみだ。俺はセクシー系が好きだから」
「そ、そ、そんなの言われなくたって私は十分セクシーなんだからね」

 何を言っているんだ私は。この口早く閉じなさい!
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