それは手から始まる恋でした
ドS御曹司は甘々彼氏?
 一緒に住めないことを高良に伝えると彼は驚いて理由を聞いてきたが、これ以上好きになるのが怖いからなんて言えるわけもなく、ごめんと言うのが精一杯だった。
 
 それにしても高良はやってくれた。長年住み慣れたアパートを私は今月一杯で出なくてはならない。大家に聞いてみたが次が決まっているから出てくれないと困ると言われた。

 一応ギリギリ引っ越しができるくらいの貯金はあるが、クビになるかもしれないこのタイミングで一文なしになるのはキツい。港に言えば快く住まわせてくれるだろうが、もし彼女ができていれば私は邪魔でしかないだろう。

「波野さぁん。おはようございまぁす。会食どうでしたかぁ?」
「おはようございます。楽しくお帰りいただけましたよ」
「へぇ。よかったですねぇ」

 あなたのお陰で週末からすこぶる体調が悪いのですがと言ってやりたいが彼女の話を真に受けた私が悪かったので我慢しておこう。

 高良はいつもどおりお昼前に出社してきた。どんな顔して会えばいいのか分からないが、これは港を見習って何もなかったかのように普通に接しようと決めていた。

「おはようございます。こちら依頼されていた資料です。私も確認しました」
「お、おはよう。ありがとう」

 今日の高良は何か違う。もしかして私をクビにするために距離を取ろうとしているのだろうか。すぐに採用されるならすぐに切られてもおかしくはない。自分の軽率さを後悔した。

 いつもなら私の手をチラチラ見てくる高良が全く見てくる気配がない。求められると嫌になるのに求められないとそれはそれで寂しく思ってしまう。たった1ヶ月で私はもう高良という沼にはまってしまっていたようだ。

「どうかしましたか?」

 声をかけてくれたのは戸崎さん。海外営業部の輸出部門のエースで紳士的な振る舞いが人気の35歳独身男性だ。

「いいえ、すみません」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です。それで御用はなんでしょうか?」
「今日高良君来ていたよね?」

 高良は主に輸入部門で活躍しているが、相乗効果を上げるために戸崎さんとタッグを組んでいる。そのためこうしてたまに戸崎さんが私のもとにやってくるのだ。

「はい。今は席を外されているだけです。すぐに戻ってくると思います」
「そっか。波野さんこの部署にも慣れてきたみたいだね」
「はい。皆さんが優しく教えてくれるので助かっています」
「それはよかった」
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