それは手から始まる恋でした
「起きたか?」
「高良さん?」

 目の前には私をのぞき込む高良がいた。

「仁でいい。今は俺の家だ」
「え? なんで?」

 起き上がろうとすると眩暈がした。

「じっとしてろ。そんな熱でよく会社に来たな。他の人にうつったらどうする?」
「え? 熱?」
「風邪ひいてることも気が付かないのか。鈍感にも程があるだろ。紬がいきなり倒れるから抱えたら身体が熱いし、起きないし、そのまま家に連れてきた。俺は外で仕事するって言って出てきたから余計な心配はするなよ」

 熱……そういえば朝からちょっとだるかった。さすがに冬に30分外で待っていたのが駄目だったようだ。

「ごめん」
「他の男のことで顔真っ赤にしているよりはましだ」
「本当にそれはないよ。私は高良さんのことで頭一杯だから他の人なんて……」

 何を言っているんだ私は。これじゃあ高良が好きだって言っているのと同じじゃないか。

 高良は手で口を塞いで顔を真っ赤にしている。

「笑いたければ笑えば。身分不相応なのは分かってる。高良さんが悪いんだからね」
「なんで笑うんだよ。身分不相応。確かにな。俺と紬とじゃ釣り合わないかもな」
「でしょ。だからもう私にかまわないで。そのうちストーカーになるかもよ」
「そんなこと言われたらもう無理だな」
「でしょ。でも仕事はクビにしないで。正社員で何年か働けば転職も見つけやすいかもしれない。年上女性を弄んだ償いに――」

 私が話し終わる前に高良は私の口を彼の口で塞いだ。

 何故? 何故に? 本当に高良が考えていることが分からない。

「ストーカーにでもなんにでもなればいい。俺の気が済むまで傍にいろ」
「な、何それ。気が済んだらポイ捨て?」
「ポイ捨てされないように頑張れ。あと言っておくが俺はしぶといらしいから覚悟しろ」

 なんなのこの男。しぶといって何? 覚悟しろって何を?

「まずはゆっくり休め。何か飲みたいものや食べたいものはあるか?」
「冷たい飲み物とバニラアイス」
「あはは。飲み物はあるけどアイスはないから買ってくる。ちょっと待ってろ。勝手に家出るなよ」
「うん」
< 35 / 118 >

この作品をシェア

pagetop