それは手から始まる恋でした
 トイレに行くと、冷たい視線が突き刺さった。鮫島さんがどんな風に私のことを言ったのかが目に見えて分かる。どうせ色目を使っていた、あれは気を引くための仮病だなどと言っているのだろう。廊下を歩けば女性社員が「相手にされるわけないじゃんブス」と言って笑いながら通り過ぎていく。

 そのブスが相手にされているんだから困りものですよと言いたいが、それはそれで話がややこしくなるので我慢だ。

 世の男性よ、聞いとくれ。可愛いものには毒があるんだ。毒のない可愛いもののみチヤホヤしてくれ。そうじゃないと毒を持った可愛いものはどんどんとその毒を周りに振りまく。このまま続けばきっと彼女は自分の毒で自分を駄目にする。そうなる前に気づいた誰かが、彼女が聞く耳をもつ誰かが止めてあげなくては。残念ながらそれは私ではない。

 ぶりっ子が嫌いな時期もあった。養殖ものにしか見えない天然不思議ちゃんをチヤホヤする男性に呆れたこともあった。でも、社会人になって気が付いた。彼女達は必死なんだと。認めてもらいたい。誰に認められるのが早いのか。女は難しい。男は簡単だ。すぐに騙される。

 いい条件の男性と結婚できるのはそういう子たちだ。だって彼女達は欲しいものを手に入れるために自分を変えてまで必死で頑張っている。それが分かったとき、彼女達が悪いとは思わなくなった。女性も男性も騙し騙される世界だ。

 でもね、人を陥れたり毒を吐くようになったらおしまいよ。彼女達は永遠に幸せを得ることができなくなる。自分の毒で侵されるからだ。だから世の中の勇者よ彼女の毒を抜いとくれ。

 そう心の中で叫んでも誰にも届くことはない。

「波野さぁん、今日も高良さん出社しないんですかぁ?」
「えっと、何の連絡もないので分かりません」
「そうですよねぇ。なんかぁ、高良さんとぉ波野さんがぁ付き合ってるのかって色々な人に聞かれて私ぃ大変なんですぅ。ちゃんと違いますよって言っておきましたよぉ。あ、あとぉ高良さん風邪らしいですよぉ」
「え? 風邪ですか?」
「部長がさっき言ってましたぁ。風邪で休むって連絡あったってぇ。波野さんの風邪うつっちゃったんですかねぇ」

 てか、知ってるなら聞かないでよ。

 この子の心配をしている場合じゃなかった。風邪で休みなら完全に私がうつしたんだ。風邪ひかなければいいだろって即効ひいているじゃないですか!
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