それは手から始まる恋でした
「端に座れ」
「あっすみません」

 私のような者がソファーのど真ん中に座るなんてそりゃ怒られますよね。
 高良は少し離れたところに座るとそのまま横になり私の膝に頭を乗せてきた。

「えっと、これは?」
「膝枕くらいするだろう。あと」

 高良は手を差し出した。なんだろう何が欲しいのだろうか。あいにく私の鞄は手の届かないところにある。ポケットにも何も入っていない。とりあえず手を置いてみた。すると高良の顔がほころんだ。

 高良が欲しかったものは手だったんだ。なんで言わないのだろうか。いつもはなんでも命令口調で言うくせに手を繋ぎたいとは一度も言われたことがない。

 でもこんな高良が可愛く思えてきた。風邪をひいているせいか高良が少し小さく見える。そしてトレードマークの銀縁眼鏡もかけていない。眼鏡がないと幼く見える。

 私は恐る恐る繋がれていない方の手で高良の頭を撫でてみた。何も言わないので撫でていいという事だろうか。

「ごめん、風邪ひいた」
「ううん。私のせいだもんごめんね」

 私の手がぎゅっと握られる。さっきまで穂乃果さんのことでモヤモヤしていたはずが、高良のお陰で幸せな気持ちで満たされている。恋とは厄介なものらしい。

「食べたいものある?」
「紬」
「え?」
「言ってみただけ。美味しいおかゆなら食べる」
「美味しくできるか分からないけど頑張って作ります」
「ありがとう。でもまだこうしていたい」

 高良はそのまま眠りについた。

 どうしよう。高良が他の女性と遊ぶことも覚悟していたつもりだったけど、穂乃果さんの存在だけで私は嫉妬心に苛まれそうだ。他の人とキスしたり、それ以上の事なんて考えるだけで胸が苦しい。高良を独り占めしたいと思ってしまう。でも、高良は家族ぐるみで仲がいいと思われる穂乃果さんに私のことを彼女だと伝えなかった。つまり、私は正式な彼女になれないのだ。

 数時間後に高良は起きて私はおかゆを作り始めた。高良の熱は既に下がっていた。若いからか回復力がすごい。

「なんでそんな浮かない顔してるんだ」

 料理している間、高良は私に後ろから抱きついて離れない。最初は嫌がったが、高良が諦めなかったので放置している。正直邪魔だ。

「穂乃果のことは気にするなって」
「別に気にしてない。抱きつかれているのが邪魔なだけ」
「ふうん。紬がちゃんと料理できるか監視中。離れるわけにはいかない。それに、こうしていれば変なもの入れようとしたらすぐ止められるだろ」
「変なものなんて入れないわよ」
「さっき人参使おうとした」
「人参嫌いなんて知らなかったから」
「紬の作ってるのおかゆじゃなくて雑炊だよな」
「だっておかゆだと栄養取れないでしょ。うちはいつも色々な野菜を小さく切って一緒に煮込むの」
「まぁ美味しければなんでもいい」
「美味しいかは保証できません」
「なんだそれ。ちょっと一口」

 私はスプーンですくってふぅふぅして冷ましたものを横から頭を出している高良の口の中に入れた。
もうダメ。これは完全に幸せカップルじゃないですか。

「うん。まあまあだ」
「じゃあ食べないの?」
「食べる」

 笑顔で私に向かってそう言う高良が可愛すぎる!
< 43 / 118 >

この作品をシェア

pagetop