それは手から始まる恋でした
 高良の部屋に着くと私はとりあえず荷物を置き、散らかっているものを整えた。掃除はしない。だってまだここは私の部屋ではないからだ。

「ただいま」

 玄関のドアが開くと高良の声がした。
 なんていい響き。

「お帰りはないのか?」
「あ、お帰り」
「おいで」

 両手を広げている高良。

「早く来い」
「う、うん」

 少し恥ずかしい。こんなシチュエーションは想像していなかった。だってあの高良だ。

 ゆっくり高良に近づくと、彼は私の頭を撫でて抱きしめキスをしてきた。甘いキス。頭の中がふあふあして、何も考えられなくなる。そのまま私はソファーに押し倒された。高良の唇は私の唇から離れ、首元へと移動した。

「ちょ、ちょっと待って」
「なんだ? 雰囲気ぶち壊すなよ」
「雰囲気も何もいきなりすぎて」
「遊び人だった奴の発言とは思えないな」

 うっ。そんな設定しておりましたね。本当は初めてなんだと言ってしまおうか。でもそしたら重い女と思われるかな。あぁ、いつの間にか高良に嫌われたくない気持ちで一杯だ。
 好きな人には恥ずかしくて話しができない障壁は高良の強引さと展開の速さでクリアできたとはいえ、これから私はどんな問題が生じてしまうのだろうか。

 そうだ。まずは港だ。

「いや、ほら、私ソフレもいたでしょ。最近そのソフレと会ったんだけど……」

 怖い……さっきまで悪戯っ子の微笑みを浮かべていたのに、坊ちゃんの成績が落ちて叱りつけている家庭教師のような形相だ。

「なんだ?」
「えっと、引っ越しの準備を手伝ってくれて、お礼に宅飲みしてたら、その、一緒に寝ることになって」
「こんな最高級彼氏がいて男に手伝ってもらって一緒に寝るのか?」

 自分で最高級と言い切るところが高良らしい。

「いや、それは私が思考停止するくらい酔っぱらってしまいまして……」
「男と飲みに行くの禁止な」
「はい」

 どうせ飲みに行く男なんていないし、港は男というより女友達だ。

「それで?」
「あの、ハグされまして」
「ハグだけか?」
「手も触られました」

 高良の目がピクッと動いた。これはまずい。体に触られてキスしたって言ったらどうなるんだろうか。

「手だけか?」
「は、はい。それはもう手だけです。手以外ありえませんよね。あはは」
「嘘下手すぎだな。やったのか?」
「してません。朝目が覚めたら下着流されて身体を触られてて、高良さんかなって寝ぼけてたら……キス、されました」
「……」

 高良は何も言わない。何分過ぎたのだろうか。いや数秒なのかもしれない。でもこの沈黙はとてつもなく長く感じる。

「今日からここに住め。いいな。部屋の荷物は業者に任せろ。必要なものは今から俺と一緒に取りに行く。それでいいか」
「は、はい」

 クビもお付き合い解消も免れたようだがこれはなんだか雲行きが……。
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