それは手から始まる恋でした
 家に帰ると誰もいなかった。あんなに会いたいと言っていた高良は一体どこにいるのだろうか?

 サプライズで帰って来たので連絡しなかったがよく考えたら正月だ。高良も昨日は実家に泊まったと言っていた。今日ものんびりして泊まる可能性もある。となると穂乃果さんも来ているのだろうか。いや、穂乃果さんは結婚しているんだ。旦那の家か自分の家だろう。変な妄想で一人で落ち込むのはやめよう。

 夜9時になっても高良は帰ってこなかった。だんだん寂しくなってきた。このまま帰って来ないという事もあり得るのか? 私は高良に電話した。

「もしもし?」

 周りがうるさい。これは確実に実家ではない。

「今どこ?」
「え? 飲みに来てる。どうした?」
「何してるのかなって思って。今日帰ってくる?」
「帰ってくるって? もしかして家に帰って来たのか?」
「うん。暇だったから」
「分かった。帰る。10分くらいで帰るから」

 高良はきっかり10分後に家に帰って来た。笑顔の高良からはお酒の匂いがプンプンする。それに交じって女性の香水の匂いもする。

「どうしてそんなに頬っぺた膨らませてるんだ?」
「臭い。どいて」
「なんだよ。俺に会いたくて帰って来たんだろ?」
「暇だったから」

 なんと可愛くない女なのだろう。姉から逃げてきたというのもあるが、本当は高良に会いたくて、早く抱きしめてもらいたくて、私で喜んでくれる高良の笑顔が見たくて帰って来た。それなのに正直に言えない。
 でも仕方ないじゃないか。だって高良はあんなにうるさい所でお酒を飲んで女の匂いをつけて楽しんでたんだ。

「逃げるなよ」
「だって臭いもん。香水の匂いもする。嫌だ」
「仕方ないだろ。紬がいなくて寂しくてめっちゃ飲んだしVIPルームに入ってくる女は金目当てに男に抱きついてくるし。でも安心しろ俺は指一本触れてない。紬しか触れない」

 高良は上機嫌だ。女性がいたことも包み隠さず抱きつかれたことさえも隠そうとしない。私にしか触れない? 相手が抱きついてきても放置してれば十分触れていることになるだろう。

 なんで新年早々こんな思いしなきゃいけないんだ。これならまだ姉夫婦の攻撃の方がいい。いや、港に会いたい。今すぐ港に愚痴を聞いてほしい。

「今何考えてる?」

 私の体に触れていた高良が尋ねてきた。

「友達のこと」

 なんでこんなことを言ってしまったのだろうか。自分でも分からない。気がついたら口が自然と動いていた。

「男じゃないだろうな」
「美形男性。私と添い寝する人」
「前言ってたやつか?」

 高良の顔が変わった。酔いが一気に醒めたという顔をしている。そしてかなり怖い。

「別に関係ないでしょ」
「関係ある。今紬に触れているのは俺だ。なのに他の男のことを考えるとかありえねぇ」

 高良のキスは荒々しかった。こんなことをしたくて帰って来たわけじゃないのに、こんなことを高良に言いたくて帰って来たわけじゃないのに……。

 私の体に触れる高良の手には力が入っている。

 痛い。体も心も痛い……。

 キスを止め、私の顔を見た高良は手を止めた。

「ごめん。こんなつもりじゃ……」

 高良は正気を取り戻し、私を優しく抱きしめて頭を撫でてくれた。私は何も言えなかった。素直になれずごめんねも、ありがとうも。
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