それは手から始まる恋でした
 翌日目が覚めると高良は朝食を作っていた。女の匂いのする服はゴミ袋の中に捨てられ口が固く閉じられていた。

「昨日はごめんなさい」
「俺が全部悪い。ごめん」

 高良は私に近づいて恐る恐る私の頬に手を伸ばした。

「紬の笑顔が見たい」

 私はこんなに優しい彼氏に負い目を感じさせた。一人で嫉妬し当てつけのように港のことを出した。
 私は高良の服をぎゅっと握り、高良の胸の中に顔を(うず)めた。高良は私の頭を撫で続けてくれた。

「ごめんね、仁。私なんか変なの。仁に会いたくて帰って来たのに、仁は一人でも楽しんでて女の人の香水の匂いがきつくて仁を抱きしめていた女性がいたなんて知って胸が苦しくてこんなの覚悟してたのに……」
「ごめん。払っても、払っても抱きついてくるから面倒になって勝手にさせてたけど、多分俺も別に嫌じゃなかったんだと思う。紬ってどっか俯瞰(ふかん)してるときあるし、俺を抱きしめてくることってないし、紬にしてほしいことを彼女達にされてどこかで喜んでた。どうせ紬は帰ってこないって思ってたし」
「そっか……」

 なんだか話が嫌な方向に進んでいる。可愛げのない私は本能のままに、したたかに男の求めることができる彼女たちとはまるで違う。高良には穂乃果さんみたいな可愛くて思ったままに動ける人がいいのかもしれない。

「紬って近づいたって思って安心してちょっと目を離したらいつの間にか遠くにいて掴みたくても掴めなくて。でもそう思ってたらこうやっていきなり近くに現われて、今掴んでおかないとまたすぐに遠くに行く。お願いだからもう遠くにいかないでずっと俺の手を握っていてくれないか?」
「え?」
「正直、酒入ると昨日みたいに理性吹っ飛ぶ。もうすぐ26になるのにまだ学生のままの自分もいて、女にチヤホヤされるのが当たり前で、紬に出会ってなかったらシラフでも平気で手出してた。でも今は理性が勝つ。紬がいるから」
「ちょ、ちょっと待って。もうすぐ26って言った?」
「あぁ。今月誕生日だけど」

 知らなかった。高良の誕生日を知らなかった。彼女として大失態だ。
 それに今まで気にも留めなかったが、つまり学年で言えば私たちは5歳差。いや1歳縮んだところで何も変わりはしない年の差だけれど、それよりなにより誕生日ならプレゼントとか考えなきゃ。いや、今別れ話してたんだっけ?

「えっと、私達って別れますか?」
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