それは手から始まる恋でした
   ***

 朝起きると彼女はいなくなっていた。俺がプレゼントしたものは一切持たず、必要最低限の荷物を持って彼女は出ていったようだ。就活用スーツ以外会社用の服は残っている。会社に来るつもりもないのか。

 いつもより早めに出社したが、彼女の姿はなく無断欠勤だった。俺は皆に体調不良で数日休むと連絡があったと伝えた。紬のお陰で最近仕事はやりやすかった。彼女がいなくなって彼女がどれだけ俺と他の社員の間に入って物事を上手く進めてくれていたのかが身に染みて分かった。紬はやったことの自慢はしない。穂乃果だったら大袈裟に自慢してくる。

 紬は可愛くない。一人で考えて一人で結論を出す。そんなところが可愛くない。電話は着信拒否で連絡がつかない。紬はきっと俺が穂乃果と結婚する道を選ぶように消えたのだろう。

 穂乃果を家に連れてきたのが間違いだった。長くて数日と思っていたら何週間も居座られた。しかも俺に結婚を迫ってきた。紬の前で。

「求婚されてる姿なんて見せられてたらきついだろうな」
「だよな。早く陵のところに追い出すべきだった」
「無理無理。俺彼女いるし」
「彼女いたのか? まぁいい。それより港ってやつ見つかったか?」
「ちょっとは俺に興味持てよ。永井港。すぐに見つかったぜ」
「本当か?」
「ああ。でもホッカイロちゃんはもう手放してやった方がよくないか? それにこの港って人があとの面倒見てくれるならホッカイロちゃんも万々歳だろう」
「ダメだ。あいつに渡さない」
「でもなぁ。スペック高いぜ。大学はそこそこだけど、大手メーカー勤務のやり手営業マンで美男子。俺らと見た目年齢変わらないときた」
「そんなことは知っている。どこにいるんだ」
「いや、マジで分かってないの仁だって。結婚考えたらホッカイロちゃん今すぐこの男と結婚した方が幸せなんだって」
「そんなのは関係ない」
「俺様に戻ってる。最近の可愛い仁はどこに行った?」
「俺はずっとこのままだ。何一つ変わってない」
「はぁ。これだから。まぁ仁があの可愛い仁に戻るならいっか。ほら、勤務先。でも押しかけたりするなよ」
「分かってる。そんなことはしない」
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