それは手から始まる恋でした
 翌日、港は仕事に行き、私は不動産屋に赴いた。いい物件は高いし、前と同じような物件も時期的に高くなっている。
 そして仕事を辞めることを伝えると契約が済むまでは席がある方がいいと言われた。

「じゃあここにします」

 私は早く決めたかった。少し家賃は高いが立地も築年数も申し分ない。担当者はすぐに電話をかけてくれた。

「すみません。ついさっき決まったそうです。気を取り直して他の物件見てみましょうか」

 その後もいくつか当たってみたが内見すらできなかった。条件を変えて内見できたところは以前住んでいたアパートよりも古く、あまりいい物件とは言えなかった。保留にしてもらい私は帰宅した。

「お帰り。遅かったね」
「ただいま。一日かけて物件探したんだけど時期が悪かったって」
「そんなに急がなくてもいいのに」
「仕事がないと家借りるのも大変なんだって」
「ここに住んじゃえばいいでしょ」
「そんなに甘えられないよ」
「甘えなよ。それに紬と毎日晩酌できるなんて僕にとっては最高な事だよ」
「ありがとう」
「……仁ちゃん来たよ」
「え?」
「会社に来た。外出先から戻ってきたらロビーにいて呼び止められた」
「そっか。ごめんね迷惑かけて」
「別にいいよ。想定済みだったし。無断欠勤するなって。紬がいないと仕事が大変なんだって。仁ちゃんの言葉そのまま言うけど多分本当は別のこと言いたかったんだと思うよ。前会った時みたいな気迫はなかったし」
「仁はなんて?」
「正社員として雇ったらそれなりに金がかかる。これから紬の代りを探すにしても1ヶ月以上はかかる。同じ働きをしてもらいたかったら一から鍛えなおす必要がある。どれだけの損失か分かっているんだろうな。社会人として公私混同するなだって」
「それは分かってるけど」
「僕から言わせれば公私混同してるのは仁ちゃんなんだけどね。仕事続けていいて言われてるんだし会社行ったら? そして僕とのラブラブ生活を思いっきりアピールしたらいいよ。もう仁ちゃんのこと吹っ切れましたって。そしたら仁ちゃんも諦めて次に行けると思うよ」
「そうかな?」
「うんうん。僕は紬が仁ちゃんと一緒に仕事してても気にしないよ。僕は大人だからね」
「何それ? 私たちは友達なんだし気にしないのは当たり前でしょ」
「あはは。それもそうだね」

 仕事用の服は港が高良から預かっていた。迎えに来るわけでもなく港に荷物を預けている。あの部屋はもう高良と穂乃果さんのものになったのだ。
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