それは手から始まる恋でした
 高良は私のところに来て机の上に手を置いた。

「仕事に影響しているなら関係ある。男とイチャついて眠れなくて体調が悪いなんて通用するか」
「誰もイチャついてるとか言ってないし、男と寝てるなんて言ってないでしょ」

 高良は座っていた私に覆いかぶさるようにもう片方の手を椅子の背に置いた。

「じゃあ、このクマはなんだ。なんで眠れないんだ」
「だから高良さんに関係ありません。仕事はちゃんとしています」
「じゃあこんな顔で会社に来るな。プライベートを仕事に持ち込むな」

 むしゃくしゃする。こんな顔って、そもそも高良が私の家を勝手に解約したりしなければこんなことにはならなかったんだ。

「プライベートを持ち込んでるのはそっちでしょ。穂乃果さんを会社に呼んでわざわざ別室に行ってイチャイチャ。皆噂してますよ」
「何言ってるんだ。そんな噂信じてるのか?」
「信じますよ。穂乃果さん離婚したんでしょ。仁は穂乃果さんと結婚するんでしょ」

 もう自分が何を言っているのか、何をしているのか分からない。不眠は人の思考を駄目にする。

「なんで紬が泣いてるんだよ」

 高良が私の頬に伝う涙を拭おうと手を伸ばしてきたがすぐに引っ込めた。今すぐにでも握りたいその手。今すぐにでも私の手に触れてほしいその指が私から離れていく。

「ごめん。言い過ぎた。落ち着いたら席に戻れ」

 高良の背中が遠ざかっていく。会議室の扉はゆっくりと閉じた。
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