それは手から始まる恋でした
 蓼食う虫も好き好きとは言うが、この場合暗闇の中だから私を美人と勘違いしたのか? 唯一の救いはドアポストが開いても家の中が見られない設計になっていることだ。

 暗い部屋の中でじっとしていたが階段を下りる音がしない。怖くなって港に連絡を入れた。

「知り合いとかじゃないんだよね」
「知り合いだったらあんなことしないでしょ?」
「仁ちゃんとかは?」
「ありえない。新しい彼女と幸せ一杯だよ」
「帰りたくても飛行機もう飛んでないし……警察に電話した?」
「してない。勘違いだったら恥ずかしいでしょ」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ」
「大丈夫。港と話したらなんか安心してきた。それにもう誰もいないみたい。ごめんね」

 港にこれ以上迷惑はかけられない。警察だってこんなことよりもっと重要な仕事があるはずだ。私は港に嘘をついて電話を切った。カタカタ音は止まったが誰かがいる気配はする。

 今日はこのまま部屋の隅に潜んでおこう。遅くとも明日になったら人が出入りするし、明るい所で私を見たらがっかりして帰るだろう。

 それから30半ほど過ぎた時、ゆっくりと階段を上る音がした。住人が帰って来たのだろうか。同時にドタバタと階段を下りていく音がした。
 きっと人に見られて帰ったのだろうと安心していると一歩ずつ着実に、革靴のカツン、カツンと聞きなれない音がした。その音は私の部屋に向かっている。今度は何?

 そして家のチャイムが鳴った。もう無理。やっぱり警察を呼ぼう。ごめんなさい警察。そう思った時だった。

「紬、起きてるか?」

 じ……ん……?

 バカだ。恐怖で幻聴まで聞こえてきている。部屋のチャイムを鳴らした人は帰る気配がない。すると港から一通のメッセージが届いた。

『ドア開けてみて。さもないと風邪ひいちゃう』

 港が来てくれた? でも港は地方に行っているはずだ。

 ドアチェーンをかけたまま、ゆっくりとドアを開こうとしたが重くて開かなかった。誰かいる。

 港なら開くこと分かっているから寄りかかったりしないよね。港じゃない?

 私はパニック状態に陥った。ドアの外からドアノブを引っ張られ、私は必死に抵抗した。
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