それは手から始まる恋でした
「落ち着け、紬、俺だ」

 ドアの隙間から見えたのは高良だった。全身の力が抜けて私はその場でへばりついた。

「大丈夫か? 男がいたけどあいつが新しい彼氏か?」
「違います」
「だろうな。泣くな。今日は俺がここにいるから安心して寝ろ」

 私はほっとして涙を流していた。

「高くつくぞ」

 高良は優しい微笑みを私に向けている。

「それは悪いよ」
「ならせめて中に入れろ。外は寒い」
「ごめん」

 私はドアチェーンを外し、高良を中に入れた。高良はひんやりとした空気と一緒に部屋の中に入ってきた。

「マジか。こんなところに住んでいるのか? 給料はそれなりに出しているだろう」
「仕方ないの。引っ越すタイミングとか、今後の事とか考えたらとりあえずここしかなかったの」
「なんであの可愛い男のところにいないんだよ」
「いつまでも人の好意に甘えてはいられないでしょ」

 高良と普通に話ができている。

「甘えときゃいいのに。でも紬っぽいな」

 高良は笑顔で私を見た。手が届くところにいるのに手を伸ばせない。

 私は温かい飲み物を高良に出した。港が高良に知らせてくれたらしい。

「初めてか?」
「え?」
「あの男が来るのは初めてなのか?」
「分からない」
「分からないってどういうことだよ」
「引っ越してきて数日経ったころ変な人から声かけられて、その夜から家の前をうろつく人がいて。私の気のせいだと思ったんだけど、もしかするとその人かも」
「誰かに相談したか?」
「してない。だって私の勘違いで人に迷惑かけたくないし危害加えられたわけでもないしちゃんとしたところに引っ越すまで私が耐えれば大丈夫だろうと思って。でもそのせいで迷惑かけてごめんなさい」
「怖かっただろ」
「うん。ちょっと。でももっと強くならなきゃね。こんな事で怖がったり不眠症になったりしていたらいつまで経っても皆に迷惑かけちゃうから」
「不眠症ってもしかしてあの時の……ごめん。俺変な勘違いして」
「いいよ。仁の言う通り私がこんな所に住んで酷い顔して出社したのが悪いんだし、今も新居探し中だからもう少ししたらちゃんとしたところに住めるはず。できればそれまでクビにしないでもらえると助かる」
「なんでクビにすんだよ」
「だって、穂乃果さんが……」

 あ、穂乃果さんが嘘をついたんだ。嘘をつくほど不安なのだろうか。でもその気持ちは分かる。
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