それは手から始まる恋でした
「私が穂乃果さんだったら元カノと一緒に仕事してるなんて嫌だからさ」
「穂乃果はそんなんじゃない」

　高良は穂乃果さんのことを私のように嫉妬深い子だとは思っていないんだ。

「そっか。そうだよね。ごめん。もう大丈夫。帰って。こんな所にいること穂乃果さんに知られたら大変でしょう？」
「大丈夫」

　沈黙が続いた。マグカップを両手で握っていた私の手に高良の指が触れた。ゆっくりと私の手をなぞっていく。

「ダメですよ。高良さん」

　高良は目を見開き私の手をぎゅっと握ってきた。

「なんで呼び方変えるんだよ。もう紬は俺の事なんてどうでもいいのか？」

　高良の真剣なまなざしは私に嘘をつかせる余裕を与えなかった。

「違う」

　ゆっくりと私の手を握っていた高良の手の力が抜けていく。

「じゃあなんで？」
「穂乃果さんと上手くいってるんでしょ？」
「穂乃果と話したのか？」

　私はゆっくりと頷いた。

「穂乃果とは結婚するかもしれない。でもそれは俺が望んでいるわけじゃない。俺が頷かないとあいつ何するか分からなかったから。それに穂乃果だってまだ離婚はしていない。色々悩んでいるんだと思う。紬とは戻れないって思った時、俺の人生なんてもうどうでもいいと思った。穂乃果でも誰でも親が望むなら結婚してやるって思った。でもやっぱり俺は紬と」
「仁は結婚することに怖くなっているだけでしょ。そういうのマリッジブルーって言うんだよ。私を二人のいざこざに巻き込まないで。これ以上、仁のことで苦しみたくないの」
「ごめん」

　高良は簡単に引き下がった。そのくらいの気持ちだったんだ。分かってはいたものの、少しだけ落ち込んだ。

　高良は私を布団に寝かせた後、玄関先に座ってドアの外を見張っていた。その優しさに胸がぎゅっと締め付けられた。
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