鎖から放たれた蝶々は美しく羽ばたく
高く上げた手をひらひらと振りながら去っていく彼を、いまだに感触の残る耳を押さえて見送った。

「……なん、だったんだろ」

そもそもどうして神月さんが、スーツ姿などで我が社へ来ていたのかわからない。
訊こうとしたけれど、上手くはぐらかされたし。

「……はぁーっ」

重いため息を吐きだし、部署へと戻る。
また、噂になったりしたらどうしよう。
前回は箝口令が引かれたおかげで、外部流出は免れたけど。
写真を撮った人間もコンプライアンス違反で厳罰になったと聞く。
そのおかげか私への風当たりもさほどなく、多少、噂されるくらいで済んだ。

「チョーコ」

椅子へ座ろうとしたら、声をかけられた。
顔を上げると袴田課長が顎で、隣のミーティング室を指す。

「……はい」

なにを言われるのか、だいたいの想像がついた。
なのに従ってしまう自分が憎い。

「……神月となにをしていたんだ」

私とふたりになり、彼はカチリと鍵をかけた。

「……なにってお昼を、一緒にしただけですが」

デートに、誘われた。
耳に口付けを落とされた。
これは彼にとって、重大な背徳行為だ。
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