悪役だった令嬢の美味しい日記
2.変わらない幸せ
緊張してたのが嘘みたいに仲良くなって、今アリスの隣に座って授業を受けている。
結果的な話をすると、式前に対峙したヒロインは、やっぱり従姉の有野涼香本人だった。確認する時は二人とも緊張でドキドキだったけど、それぞれ転生していたとわかった瞬間は抱き合って泣いてしまった。入学式前に、奥まった中庭にいてよかったよ。
そして彼女曰く、既にゲームとは色々異なっているらしい。涼香は私と同じで余りゲーム等をしない子だが、薔薇でも百合でもなんでも来いの妹仁香に、しっかりとこの乙女ゲームについて仕込まれていたらしい。このゲームにそんな要素はないけど。仁香はジャケ買い派で、たまたま買ったのを従妹の和香がハマってたから、二人で二次創作をして楽しんでたらしい――初耳なんだけど。あの妹の二次創作仲間に、仁香いたんだ……。
おかげで乙女ゲーム主体のラノベが好きになって、「ラノベの世界ならよかったのに」とボヤいていた……残念ながら、ここは乙女ゲームの方だわ。
まず、ヒロインの見た目。化粧をしてない顔から榛色の瞳が覗く、ダークブロンドの髪が天然パーマでふわふわに揺れている――はずが、天然パーマじゃなくて養殖物だった事実。涼香は髪が痛むからとやらず、代わりにお肌が傷まないように化粧水や薄らと日焼けよけに化粧をしたり、髪パックをしてケアしていたおかげでサラサラで艶々なロングストレートになっていた。私がドリル装備をやめたみたいに。
他には、ヒロインが家庭内で虐められてる設定もなく家族仲良かったり、私と殿下の関係がちがったり。私と殿下は冷めきった婚約で、私が殿下に惚れこんでつきまとう設定なのが、むしろ殿下が構いだおそうとするレベル。周りからはイチャラブカップルに見えるらしい――してないのに!! あっちが勝手に引っ付いてくるだけなのに……。
軽く聞いた感じでも色々異なっている為、私たちの結論は、やはりここアルバは『乙女ゲームの素』になった世界であると位置付けた。歴史を勉強すると私たち以外にもアルバに来ている人がいるはずなので、こちらから地球へ行ってる人もいるのではと。向こうに行った人がゲームを作るのも出来るのでは?と考えた。多少時間軸がズレててもおかしくないし……だって、私は社会人になり、アラサーに足を踏み入れて直ぐの地震に遭ってそのままだったが、涼香は還暦すぎてから患った病気で亡くなって、今このアルバにいるって。なのに、アルバが素になった乙女ゲームをしっかりと覚えているのは、多分女神様のせいだと思う。なんで思い出させたかが、わからないけど。
考えたって仕方がないから、その辺は置いといて。問題は、素になったけど実際にゲームが始まるのか。
「で? この世界についてはなんとなくわかったけど……そろそろ、ゲームの内容も聞かせて?」
「そーだね。今、みんな他の授業でいないし――でも、このクッキーだけ食べさせて!! 莉香ちゃんの八つ橋クッキー、久々なんだから!」
ピシッと音が鳴りそうなほど綺麗に揃えた掌をこちらに向け、モグモグと幸せそうにクッキーの続きを食べ出す涼香――もといアリスと授業後に来たのは、いつも休憩にくる春の日差しが優しく差し込むサロンの一角。
この学院は所属科以外の授業も受けれて、受講科目が無い時間は休憩。日本で言うと大学の授業体制に近いかな。二人の殿下方やアリスの継姉アメリー、殿下の側近の宰相子息ジルベールは皆同じ魔法科なのに別科の受講中の為、今はアリスと二人っきり。クロエに至っては、騎士科だが同じ授業の方が多い――今は唯一騎士科の授業に行ってる。
ちなみに、ジルベールが攻略対象なのをすっかり忘れて話してたら、アリスが驚いてた。うん、私も忘れてた自分に驚いたわ。こんなに、ゲームについて気にしてるのにね……。
いつの間にか大所帯になってる私たちは、二人だけで話す時間が余り取れず、出会ってから既に二週間経過していた。日が経つにつれ焦りはするものの、毎度毎度嬉しそうに莉香がよく作っていたクッキーを食べる従姉が見れたので、焦りもいつの間にかどこかへ行ってしまうというもの。今日は涼香が一番好きだった、八つ橋風味のクッキーだしね。
嬉しそうなアリスを横目に見つつ、お茶を楽しみながら外の景色を眺めて待つことにした。幸い、近場に他の生徒もいないので邪魔されず、ゆっくりお茶を楽しめた。
「はぁー……。やっぱり莉香ちゃんのクッキー好き」
「あはは。ありがと」
前世と変わらない味に満足したのか、半分ほど食べ進めていたクッキーをお茶で流し込むアリス。嬉しそうに頬を緩めながら「じゃあ、あらすじかな」と、乙女ゲームについて話してくれた。
◆◆◆
乙女ゲーム『花舞う国で恋をする』通称『花恋』は、ローズ国が舞台。ヒロインの母が亡くなり、実父の伯爵が迎えに来る。継母と継姉に虐められながらも健気に育ち、乙女ゲームのメイン舞台の国立学院へ。貴族に馴染めないヒロインを攻略対象たちが目をかけ、側に置くようになる。
各攻略対象と共にそれぞれのエピソードをこなしていく中、ヒロインにばかり構うため激高した悪役令嬢のレティシアが魔力暴走を起こす。暴走したレティシアの火魔法は巨大化していき、第二王子を殺しにかかる。バッドエンドの場合はここで第二王子が死亡し、第一王子によって悪政が敷かれる世の中が始まる。ヒロインは悪役令嬢の手助けをしたとして、第一王子によって捨て駒のレティシアと共に処刑される。
ノーマル及び各ハッピーエンドの場合は、各攻略対象と共にレティシアの暴走を止め、第二王子を救う。そして第一王子の陰謀を突き止め、レティシアが駒として動くよう魔法がかかっていたこともわかり、第一王子と共に魔法を封じられたレティシアが西大陸を追放される。その後、攻略対象達とヒロインは第一王子の配下を一掃し、第二王子のもとで新しいローズ国の善政が始まる。
◆◆◆
「――っていう感じ。簡単に言うと、だけどね。ハッピーエンドに至っては、ヒロインが攻略対象と結婚エンドになるかな」
「なるほどね。だから、和香は『レティシアは悪くないのにー』って泣いて怒ってたのね……ていうか、ヒロインと悪役令嬢の処刑ルートあるんだ」
「そーだね。でも、今の殿下達の関係見ると――大丈夫なんじゃない? 莉香ちゃんの方がよく知ってると思うよ。性格なんて設定とちがうでしょ?」
「まあ、確かに」
「それに、ゲームでは第一王子が腹黒策略家で、攻略対象の第二王子が俺様で使えない王子だから切るために事件が起きるの。でも殿下達みると……温和な兄を支える腹黒弟じゃない?」
「う、うん」
「素になった世界の本物達より、性格いじった方がゲーム的には売れるってことなんじゃないかな」
「なるほど」
「それに……」
「何?」
「あの殿下がレティシアを見捨てるなんてしないと思うわ……」
「あ、うん。言いたいことはわかる」
二人で整理していくと、色々ゲームとは変わっているのがよくわかる。殿下に対しては、ちょっと……いや、かなりの確率で違うのがよくわかるわ。
アリスがいてくれてよかったなって考えながら、紅茶を飲むためにカップへ手を伸ばした。
結果的な話をすると、式前に対峙したヒロインは、やっぱり従姉の有野涼香本人だった。確認する時は二人とも緊張でドキドキだったけど、それぞれ転生していたとわかった瞬間は抱き合って泣いてしまった。入学式前に、奥まった中庭にいてよかったよ。
そして彼女曰く、既にゲームとは色々異なっているらしい。涼香は私と同じで余りゲーム等をしない子だが、薔薇でも百合でもなんでも来いの妹仁香に、しっかりとこの乙女ゲームについて仕込まれていたらしい。このゲームにそんな要素はないけど。仁香はジャケ買い派で、たまたま買ったのを従妹の和香がハマってたから、二人で二次創作をして楽しんでたらしい――初耳なんだけど。あの妹の二次創作仲間に、仁香いたんだ……。
おかげで乙女ゲーム主体のラノベが好きになって、「ラノベの世界ならよかったのに」とボヤいていた……残念ながら、ここは乙女ゲームの方だわ。
まず、ヒロインの見た目。化粧をしてない顔から榛色の瞳が覗く、ダークブロンドの髪が天然パーマでふわふわに揺れている――はずが、天然パーマじゃなくて養殖物だった事実。涼香は髪が痛むからとやらず、代わりにお肌が傷まないように化粧水や薄らと日焼けよけに化粧をしたり、髪パックをしてケアしていたおかげでサラサラで艶々なロングストレートになっていた。私がドリル装備をやめたみたいに。
他には、ヒロインが家庭内で虐められてる設定もなく家族仲良かったり、私と殿下の関係がちがったり。私と殿下は冷めきった婚約で、私が殿下に惚れこんでつきまとう設定なのが、むしろ殿下が構いだおそうとするレベル。周りからはイチャラブカップルに見えるらしい――してないのに!! あっちが勝手に引っ付いてくるだけなのに……。
軽く聞いた感じでも色々異なっている為、私たちの結論は、やはりここアルバは『乙女ゲームの素』になった世界であると位置付けた。歴史を勉強すると私たち以外にもアルバに来ている人がいるはずなので、こちらから地球へ行ってる人もいるのではと。向こうに行った人がゲームを作るのも出来るのでは?と考えた。多少時間軸がズレててもおかしくないし……だって、私は社会人になり、アラサーに足を踏み入れて直ぐの地震に遭ってそのままだったが、涼香は還暦すぎてから患った病気で亡くなって、今このアルバにいるって。なのに、アルバが素になった乙女ゲームをしっかりと覚えているのは、多分女神様のせいだと思う。なんで思い出させたかが、わからないけど。
考えたって仕方がないから、その辺は置いといて。問題は、素になったけど実際にゲームが始まるのか。
「で? この世界についてはなんとなくわかったけど……そろそろ、ゲームの内容も聞かせて?」
「そーだね。今、みんな他の授業でいないし――でも、このクッキーだけ食べさせて!! 莉香ちゃんの八つ橋クッキー、久々なんだから!」
ピシッと音が鳴りそうなほど綺麗に揃えた掌をこちらに向け、モグモグと幸せそうにクッキーの続きを食べ出す涼香――もといアリスと授業後に来たのは、いつも休憩にくる春の日差しが優しく差し込むサロンの一角。
この学院は所属科以外の授業も受けれて、受講科目が無い時間は休憩。日本で言うと大学の授業体制に近いかな。二人の殿下方やアリスの継姉アメリー、殿下の側近の宰相子息ジルベールは皆同じ魔法科なのに別科の受講中の為、今はアリスと二人っきり。クロエに至っては、騎士科だが同じ授業の方が多い――今は唯一騎士科の授業に行ってる。
ちなみに、ジルベールが攻略対象なのをすっかり忘れて話してたら、アリスが驚いてた。うん、私も忘れてた自分に驚いたわ。こんなに、ゲームについて気にしてるのにね……。
いつの間にか大所帯になってる私たちは、二人だけで話す時間が余り取れず、出会ってから既に二週間経過していた。日が経つにつれ焦りはするものの、毎度毎度嬉しそうに莉香がよく作っていたクッキーを食べる従姉が見れたので、焦りもいつの間にかどこかへ行ってしまうというもの。今日は涼香が一番好きだった、八つ橋風味のクッキーだしね。
嬉しそうなアリスを横目に見つつ、お茶を楽しみながら外の景色を眺めて待つことにした。幸い、近場に他の生徒もいないので邪魔されず、ゆっくりお茶を楽しめた。
「はぁー……。やっぱり莉香ちゃんのクッキー好き」
「あはは。ありがと」
前世と変わらない味に満足したのか、半分ほど食べ進めていたクッキーをお茶で流し込むアリス。嬉しそうに頬を緩めながら「じゃあ、あらすじかな」と、乙女ゲームについて話してくれた。
◆◆◆
乙女ゲーム『花舞う国で恋をする』通称『花恋』は、ローズ国が舞台。ヒロインの母が亡くなり、実父の伯爵が迎えに来る。継母と継姉に虐められながらも健気に育ち、乙女ゲームのメイン舞台の国立学院へ。貴族に馴染めないヒロインを攻略対象たちが目をかけ、側に置くようになる。
各攻略対象と共にそれぞれのエピソードをこなしていく中、ヒロインにばかり構うため激高した悪役令嬢のレティシアが魔力暴走を起こす。暴走したレティシアの火魔法は巨大化していき、第二王子を殺しにかかる。バッドエンドの場合はここで第二王子が死亡し、第一王子によって悪政が敷かれる世の中が始まる。ヒロインは悪役令嬢の手助けをしたとして、第一王子によって捨て駒のレティシアと共に処刑される。
ノーマル及び各ハッピーエンドの場合は、各攻略対象と共にレティシアの暴走を止め、第二王子を救う。そして第一王子の陰謀を突き止め、レティシアが駒として動くよう魔法がかかっていたこともわかり、第一王子と共に魔法を封じられたレティシアが西大陸を追放される。その後、攻略対象達とヒロインは第一王子の配下を一掃し、第二王子のもとで新しいローズ国の善政が始まる。
◆◆◆
「――っていう感じ。簡単に言うと、だけどね。ハッピーエンドに至っては、ヒロインが攻略対象と結婚エンドになるかな」
「なるほどね。だから、和香は『レティシアは悪くないのにー』って泣いて怒ってたのね……ていうか、ヒロインと悪役令嬢の処刑ルートあるんだ」
「そーだね。でも、今の殿下達の関係見ると――大丈夫なんじゃない? 莉香ちゃんの方がよく知ってると思うよ。性格なんて設定とちがうでしょ?」
「まあ、確かに」
「それに、ゲームでは第一王子が腹黒策略家で、攻略対象の第二王子が俺様で使えない王子だから切るために事件が起きるの。でも殿下達みると……温和な兄を支える腹黒弟じゃない?」
「う、うん」
「素になった世界の本物達より、性格いじった方がゲーム的には売れるってことなんじゃないかな」
「なるほど」
「それに……」
「何?」
「あの殿下がレティシアを見捨てるなんてしないと思うわ……」
「あ、うん。言いたいことはわかる」
二人で整理していくと、色々ゲームとは変わっているのがよくわかる。殿下に対しては、ちょっと……いや、かなりの確率で違うのがよくわかるわ。
アリスがいてくれてよかったなって考えながら、紅茶を飲むためにカップへ手を伸ばした。