悪役だった令嬢の美味しい日記
③対魔物討伐兵士と騎士
そこは魔物が飛び交い、人と魔物が争う海の街。水面は血肉が飛び散って、紅く染まっていた……んだけど。あ、血肉は魔物のだから決して『人ではない』とだけ言っておく。
「姫さーん! こっちに風魔法よろしくっす!」
「はーい」
「おい! そっちにジャジャ馬の風が飛ぶぞー‼」
「誰がジャジャ馬よ‼」
男に交じってちらほらと勇ましい女性を見かけたが、飛びぬけて小柄な少女が一人混じっていた。同じ軍服に身を包んでいるはずだが、明らかに場違いな体格に見えた――人一倍魔物を倒しているのも彼女だったが。その横で微笑ましく見守る、皆と同じ西公の軍服を着た第二王子殿下。なんだ、この異様な光景は。
「くらえ! 俺の上段突き‼」
「おい。それ、ただ真っ二つに落としただけだぞー」
「お前らそれ終わったら、あっちの落っこちてるの回収してくれー」
他の対魔物用海兵隊たちも気にする風もなく、各々好きなように討伐していた。和やかな雰囲気の中で。
「……何すか、これ」
「「西公の討伐」」
四公爵家は騎士ではなく、魔物と暮らす広い国土を守るための要として対魔物討伐兵士を所有する。これに対して、騎士は国所属の主に国境や王都、王家を守護する『対人』用。王都以外の領地等は、ギルド所属の傭兵団が『対人』用部隊になる。ハンターはギルド所属だが、国内外を飛び回り『対魔物』『対人』どちらもこなす器用人である。何が言いたいかというと、魔物と暮らすため、『対人』用職業だろうがなかろうが関係なく、まずどこかの公爵家の対魔物討伐兵士で『対魔物』戦闘を経験しておく必要があるのだ。
西大陸なら他国もほぼ同じで、皆『対魔物』訓練を受ける。大概が各国にある学院で訓練準備をし、学院在籍中に訓練のための遠征として公爵家を訪れるのだ。俺は産休に入るという叔母の代わりに、西公爵家のレティシア嬢の警護役として西公爵領に来た。学生の身分だが、第二王子の希望とこの夏の間に叔父叔母が護衛の仕方を叩き込むというので、見習い騎士として警護役になる事になったから。
そして今、公爵領に着いてすぐ始まった護衛としての勉強が、四公爵家の中でも対海の魔物を得意とする対魔物用海兵隊の討伐を見学させられている。最初は気のせいかと思ったが、海が近づくにつれ――気のせいではなかった。なぜ、護衛対象が討伐に参加しているんだろう? そして、なぜ「警護役を」と望んだ第一人物が何でもないように見守っているんだろう……俺、いるのか?
「なんか、ユルいっすね……」
「まぁ、南は規律に厳しいから比べるとユルいかも?」
「東はお偉いさんの護衛もあるから、礼儀ない奴入れないし」
「北は「鬼軍曹がいるし」」
「……」
「結果的にユルくはなる、かな?」
「でもさ。こんな感じだからこそ、一番の猛者が集うんだよねー」
「な、なるほど?」
「アランは、まだ南の合宿しか行ってないでしょ? 行ったらわかるよ!」
「各公爵領それぞれに良いところがあるけど……「強い奴がいるのは断然西公‼」」
そんな話を叔父叔母から聞きながら、経験を積むためにそのまま討伐に参加した……海の魔物って水中だけでも追いづらいのに、海上を突っ切ってくる奴もいて、討伐にしてはめんど――難しかった。
この夏、護衛としてあんまりだったが、結果として西公爵家の討伐に参加できたからいいのか、な?
***
色々と衝撃的な討伐を夏のうちに体験した俺は、叔父叔母が言っていた事が気になっていた。相談した父も「学生中に経験した方がいい」と勧めたのもあり、北公と東公には秋のうちに行った。例の劇団がまだ始動していなかった学院始めに、二週間と短い期間ずつだが早速行ってみたのだ。騎士科だと在籍中に訓練に行く者が多いため、各公爵領の訓練を申請すれば単位として認めてもらえるのもありがたかったし。おかげで、ほか数人巻き込む事になったが……なんか、すまん。(注:ついて来たのは豚汁騎士科生なので、何も問題はなかった。アランだけが知らない)
ちなみに、続けて南公にも行こうとしたんだが、例の劇団が活発化しだしたので冬の南の活性シーズンに合わせて行くことにしたんだ。
北は……マジで鬼がいた。冬は寒さが厳しくはなるが、ローズ国の農業や酪農を一手に引き受けるほど豊かな土地と穏やかな領民たちを治めるだけあって、ゆったりとした時間が流れる北の領地に似合う温和で気さくな公爵がいた。けれど、一度戦闘の事になると鬼神が憑依したかの如く、ガラッと人が変わる。力だけではない。強さや威圧……言葉だけでは言い表せない『何か』が、一人だけ別格だった。彼がいるおかげで、北の領地が平和なのは間違いない。惚れる、というレベルではない。「かっこいい」と言うのも烏滸がましいほど、彼は何もかもにおいて素晴らしかった。だからなのか、対魔物討伐兵士だけではなく自分にも厳しすぎる面があって『鬼軍曹』と呼ばれている。そして、彼の地の対魔物討伐兵士は皆『鬼軍曹』を崇拝している『信者』しかいなかった。ちょっと羨ましい。
東は、近衛になる場合のために受けておいた礼儀作法の授業がなければ――死んでいたかもしれない。国の重鎮を警護するのが主な任務のため、訓練が厳しいだけではなくトップレベルの礼儀作法を叩き込まれる。国の重鎮を警護するため、気に入ったらそのまま引き抜きもある。そしてそれは東公爵家の生業の一つ『警護専属騎士養成』なので、国を裏切るわけでもない。寧ろ稼ぎがいいので、魔力量の多い平民や家を継がない次男三男坊には意外にも人気である。おかげで礼儀作法が完璧ではない者が多いので、平民であれ騎士としてどこに出しても恥ずかしくないよう東公爵家で再教育されるらしい。出来なければ永遠と訓練にすら参加させてもらえないし、一つ間違うだけで魔物一匹と一対一の戦闘に身一つで出された。護衛騎士になるなら近道だろうが……俺としては、正直もう行きたくない。何か違う、と思う。
残るは今着いたばかりのここ、南公だけ。一度、学院の合宿で参加したんだが……合宿中とは全くイメージが違った。合宿中に訪れたのは、南公にある『対討伐兵士用訓練場』だけだった。学院の騎士科で受ける訓練の上級版といった感じだったんだが、あくまでもここの初級だったらしい。学院の騎士科もそうだが、対魔物討伐兵士や騎士団も大体五分前行動厳守。生活面から身だしなみまである程度決まりがあり、ある程度自由だった――その考えが、甘かった。南公では、『二十分前』行動が当たり前。起床時間から、食事、休憩、訓練内容(何時何分に何を鍛えるか)まで、全てにおいて決まっていた。少しでも遅れる者がいたら連帯責任として魔物を一人一匹倒すまで駆り出され、次の訓練までに戻らなければ訓練内容が倍になった。一度「やってられない」と思いはしたが、いざスタンピードが起きた時には見事なまでの統率力であっという間に鎮めたのだったから驚いた。確かに西は自由だし個人個人が強く、猛者が集う場所だと思う。でも、南は統率力で戦闘能力が上がる『集団の精鋭』を作る場所だった。
一癖も二癖もある公爵家の対魔物討伐兵士の訓練や討伐だったが、各地へ行くことで確かに自分の必要とする能力がわかったので、国単位で推奨するのもうなずけた。そのなかでも、叔父も叔母も強いんだと心から思った。負けられない。この一年で何になるか決めねばならないが、騎士や対魔物討伐兵士になるにせよ、もう少ししっかりとやっていけるように学院が始まるまでのあと数日は気合を入れて挑むことにしよう。
「姫さーん! こっちに風魔法よろしくっす!」
「はーい」
「おい! そっちにジャジャ馬の風が飛ぶぞー‼」
「誰がジャジャ馬よ‼」
男に交じってちらほらと勇ましい女性を見かけたが、飛びぬけて小柄な少女が一人混じっていた。同じ軍服に身を包んでいるはずだが、明らかに場違いな体格に見えた――人一倍魔物を倒しているのも彼女だったが。その横で微笑ましく見守る、皆と同じ西公の軍服を着た第二王子殿下。なんだ、この異様な光景は。
「くらえ! 俺の上段突き‼」
「おい。それ、ただ真っ二つに落としただけだぞー」
「お前らそれ終わったら、あっちの落っこちてるの回収してくれー」
他の対魔物用海兵隊たちも気にする風もなく、各々好きなように討伐していた。和やかな雰囲気の中で。
「……何すか、これ」
「「西公の討伐」」
四公爵家は騎士ではなく、魔物と暮らす広い国土を守るための要として対魔物討伐兵士を所有する。これに対して、騎士は国所属の主に国境や王都、王家を守護する『対人』用。王都以外の領地等は、ギルド所属の傭兵団が『対人』用部隊になる。ハンターはギルド所属だが、国内外を飛び回り『対魔物』『対人』どちらもこなす器用人である。何が言いたいかというと、魔物と暮らすため、『対人』用職業だろうがなかろうが関係なく、まずどこかの公爵家の対魔物討伐兵士で『対魔物』戦闘を経験しておく必要があるのだ。
西大陸なら他国もほぼ同じで、皆『対魔物』訓練を受ける。大概が各国にある学院で訓練準備をし、学院在籍中に訓練のための遠征として公爵家を訪れるのだ。俺は産休に入るという叔母の代わりに、西公爵家のレティシア嬢の警護役として西公爵領に来た。学生の身分だが、第二王子の希望とこの夏の間に叔父叔母が護衛の仕方を叩き込むというので、見習い騎士として警護役になる事になったから。
そして今、公爵領に着いてすぐ始まった護衛としての勉強が、四公爵家の中でも対海の魔物を得意とする対魔物用海兵隊の討伐を見学させられている。最初は気のせいかと思ったが、海が近づくにつれ――気のせいではなかった。なぜ、護衛対象が討伐に参加しているんだろう? そして、なぜ「警護役を」と望んだ第一人物が何でもないように見守っているんだろう……俺、いるのか?
「なんか、ユルいっすね……」
「まぁ、南は規律に厳しいから比べるとユルいかも?」
「東はお偉いさんの護衛もあるから、礼儀ない奴入れないし」
「北は「鬼軍曹がいるし」」
「……」
「結果的にユルくはなる、かな?」
「でもさ。こんな感じだからこそ、一番の猛者が集うんだよねー」
「な、なるほど?」
「アランは、まだ南の合宿しか行ってないでしょ? 行ったらわかるよ!」
「各公爵領それぞれに良いところがあるけど……「強い奴がいるのは断然西公‼」」
そんな話を叔父叔母から聞きながら、経験を積むためにそのまま討伐に参加した……海の魔物って水中だけでも追いづらいのに、海上を突っ切ってくる奴もいて、討伐にしてはめんど――難しかった。
この夏、護衛としてあんまりだったが、結果として西公爵家の討伐に参加できたからいいのか、な?
***
色々と衝撃的な討伐を夏のうちに体験した俺は、叔父叔母が言っていた事が気になっていた。相談した父も「学生中に経験した方がいい」と勧めたのもあり、北公と東公には秋のうちに行った。例の劇団がまだ始動していなかった学院始めに、二週間と短い期間ずつだが早速行ってみたのだ。騎士科だと在籍中に訓練に行く者が多いため、各公爵領の訓練を申請すれば単位として認めてもらえるのもありがたかったし。おかげで、ほか数人巻き込む事になったが……なんか、すまん。(注:ついて来たのは豚汁騎士科生なので、何も問題はなかった。アランだけが知らない)
ちなみに、続けて南公にも行こうとしたんだが、例の劇団が活発化しだしたので冬の南の活性シーズンに合わせて行くことにしたんだ。
北は……マジで鬼がいた。冬は寒さが厳しくはなるが、ローズ国の農業や酪農を一手に引き受けるほど豊かな土地と穏やかな領民たちを治めるだけあって、ゆったりとした時間が流れる北の領地に似合う温和で気さくな公爵がいた。けれど、一度戦闘の事になると鬼神が憑依したかの如く、ガラッと人が変わる。力だけではない。強さや威圧……言葉だけでは言い表せない『何か』が、一人だけ別格だった。彼がいるおかげで、北の領地が平和なのは間違いない。惚れる、というレベルではない。「かっこいい」と言うのも烏滸がましいほど、彼は何もかもにおいて素晴らしかった。だからなのか、対魔物討伐兵士だけではなく自分にも厳しすぎる面があって『鬼軍曹』と呼ばれている。そして、彼の地の対魔物討伐兵士は皆『鬼軍曹』を崇拝している『信者』しかいなかった。ちょっと羨ましい。
東は、近衛になる場合のために受けておいた礼儀作法の授業がなければ――死んでいたかもしれない。国の重鎮を警護するのが主な任務のため、訓練が厳しいだけではなくトップレベルの礼儀作法を叩き込まれる。国の重鎮を警護するため、気に入ったらそのまま引き抜きもある。そしてそれは東公爵家の生業の一つ『警護専属騎士養成』なので、国を裏切るわけでもない。寧ろ稼ぎがいいので、魔力量の多い平民や家を継がない次男三男坊には意外にも人気である。おかげで礼儀作法が完璧ではない者が多いので、平民であれ騎士としてどこに出しても恥ずかしくないよう東公爵家で再教育されるらしい。出来なければ永遠と訓練にすら参加させてもらえないし、一つ間違うだけで魔物一匹と一対一の戦闘に身一つで出された。護衛騎士になるなら近道だろうが……俺としては、正直もう行きたくない。何か違う、と思う。
残るは今着いたばかりのここ、南公だけ。一度、学院の合宿で参加したんだが……合宿中とは全くイメージが違った。合宿中に訪れたのは、南公にある『対討伐兵士用訓練場』だけだった。学院の騎士科で受ける訓練の上級版といった感じだったんだが、あくまでもここの初級だったらしい。学院の騎士科もそうだが、対魔物討伐兵士や騎士団も大体五分前行動厳守。生活面から身だしなみまである程度決まりがあり、ある程度自由だった――その考えが、甘かった。南公では、『二十分前』行動が当たり前。起床時間から、食事、休憩、訓練内容(何時何分に何を鍛えるか)まで、全てにおいて決まっていた。少しでも遅れる者がいたら連帯責任として魔物を一人一匹倒すまで駆り出され、次の訓練までに戻らなければ訓練内容が倍になった。一度「やってられない」と思いはしたが、いざスタンピードが起きた時には見事なまでの統率力であっという間に鎮めたのだったから驚いた。確かに西は自由だし個人個人が強く、猛者が集う場所だと思う。でも、南は統率力で戦闘能力が上がる『集団の精鋭』を作る場所だった。
一癖も二癖もある公爵家の対魔物討伐兵士の訓練や討伐だったが、各地へ行くことで確かに自分の必要とする能力がわかったので、国単位で推奨するのもうなずけた。そのなかでも、叔父も叔母も強いんだと心から思った。負けられない。この一年で何になるか決めねばならないが、騎士や対魔物討伐兵士になるにせよ、もう少ししっかりとやっていけるように学院が始まるまでのあと数日は気合を入れて挑むことにしよう。