指輪を外したら、さようなら。
17.指輪に誓う永遠



 OLCのみんなが私を心配して、捜してくれていることは、すぐに気づいた。

 おびただしい数の着信と、メッセージ。

 その中に、さなえからのものだけがない。

 みんなのことだから、妊婦のさなえに心配をかけまいと、私のことを黙っているのだろう。

 だから、私はさなえに連絡を取った。

 きっと、気持ちのどこかに、見つけて欲しいという願いがあったのだと思う。

 けれど、私は素直じゃない。あきら以上に。

 それに、妊娠を自覚し、不安だった。

 さなえを心配する内容で、妊娠中の様子を聞く。

 悪阻が全くない人もいれば、出産まで続く人もいるらしい。

 私は、どうだろう。

 不思議と、産まない、という選択肢はなかった。

 一人で育てるつもりだった。

 大和の浮気疑惑が浮上し、さなえが電話をかけて来た時、さなえが私の現状を知ったことは何となくわかっていた。

 別に、みんなから逃げているわけじゃない。

 何となく、大事になってしまっただけで、私は妊娠の事実に向き合いたくて連絡を絶っただけ。

 札幌に帰るように必死で説得してくれる仲間の存在に、私は胸が熱くなった。

 だから、龍也の『借りを返せ』という挑発に乗ったのは、心配をかけたお詫びでもあった。

 それから、あきらと龍也には幸せになって欲しかったから。

「あきらが龍也のプロポーズを受けたら、帰るわ」

 そうは言ってみたものの、遠からず帰るつもりでいた。

 龍也が春から釧路に転勤になることは驚いたし、二人がそばを離れていってしまうことは寂しいけれど、傷心の龍也を一人で行かせるのは避けたかった。

『あきらが考えると、ろくなことにならないのはわかりきってる。だから、今すぐ、この場で決めてくれ』

 うじうじと返事を迷うあきらに投げた龍也の言葉に、私は吹き出すのを堪えた。

 同時に、こんな大事な一幕を、スマホ越しにしか立ち会えないことが、少し寂しかった。

『俺とあきらの気持ちが同じじゃないなら、別れる。今、この場で、終わりだ』

 龍也の言葉に、私まで心臓を鷲掴みにされたような、息苦しさを感じた。きっと、あきらの痛みはそれ以上だったはず。

「意気地なしのあきらには、無理よ」

 お決まりの憎まれ役も、最後だろう。

 私の言葉に、あきらが決意した。

 やけくそだっただけかもしれないけれど、それでもいい。

『ついて行くわよ!! 他の女になんか……渡さないわよ』

 あきらの涙声に、私まで涙を誘われた。

『婚姻届、書いたわよ! 千尋、さっさと帰って来なさい!! あんたにだけは、意気地なし呼ばわりされたくない!!!』

 うん、そうだね。

 あきらは勇気を出して、龍也の手を取った。強く、握り締めた。



 私は……?



 お腹の中の子の小さな手を握るまで、独りで耐えられるだろうか。

 そんな不安に追い打ちをかけるように聞こえてきた、比呂の声。いつも電話で聞くよりも、くぐもった声。

『これから六○亭の西三条店に行く。きっかり三十分後に、サクサ○パイを注文する。そのパイの賞味期限三時間だけ、待ってるよ』

 まさか、既に帯広に来ているとは思わず、私は言葉に詰まった。

『三時間待ってお前が来なかったら、食べずに帰る。もう、お前を追わない。諦めるよ』

 咄嗟に壁に掛かった時計を見る。



 三時間……。




『帯広は雪が少ないな。これなら、十五分後には店につきそ――』

 不自然な電話の切れ方に、なんだか嫌な汗が額に滲む。

 昨夜遅くに父親との対面を果たしたせいで、私はパジャマ姿で、両親はまだ眠っていた。

 私は急いで顔を洗い、着替えて、化粧もそこそこに家を飛び出した。その時点で、比呂との電話から既に三十分が過ぎようとしていた。

 小走りに指定された店に向かう。

 走ってはいけないと思いつつも、足が前へ前へと止まらない。



 早く、比呂の元へ――。



 もう、迷いなどなかった。
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