指輪を外したら、さようなら。
 その時、麻衣から、鶴本くんと気持ちを確かめ合えたのは、私の一件がきっかけだったと聞いた。

 陸は可哀想だけれど、こうして並んで笑い合っている麻衣と鶴本くんを見ていると、これで良かったと思う。

「千尋、仕事はどうするの?」と、さなえが言った。

 私とさなえはお酒が飲めないから、二人だけダイニングでオードブルを突いていた。

「仕事?」

「うん。専業主婦になるの?」

「向いてる気はしないけどね。妊婦を雇ってくれるところなんてないだろうから、産んだ後でゆっくり考えようかな」

 私はおいなりさんを頬張る。

 悪阻が落ち着いた途端、食べ悪阻が始まって、今の私はとにかくお腹が空く。米が食べたくて堪らない。

「うちで働く気、ない?」

「うち?」

「大和の事務所」

「設計事務所でしょ?」

「うん。お義父さんの代までは工務店の下請けとかで、言われた通りに図面を引いてた感じなんだけど、大和はコンペとか参加したいみたいで。私はよくわからないんだけど、ああいうのって図面を引くだけじゃダメなんでしょう?」

「ああ、まあ」

 さなえの言うコンペがどんなものかはわからないけれど、図面を引く以外と言えば、プレゼンで使うグラフィックや模型のことだろう。

「そういうの、手伝ってくれる人が欲しいみたいなんだけど、そういうのは千尋の仕事とは違う?」

「違うことはないけど、相性があるからなぁ」

「そっかぁ」と呟いてから、さなえはひとつ咳払いをした。

「あのね、今は大和のお父さんが社長で、大和が副社長、建築士と設計士が一人ずつと、インテリアコーディネーターが一人、お母さんが経理、私が事務をしてるんだけどね? 私と大和以外は五十代後半から六十代で、そろそろ引退したいって言ってるの。高齢者向けのリフォームならともかく、大和がやりたいような若い世代向けの戸建てや、マンションなんかには抵抗があるみたいでね。大和のお父さんも、大和がやりやすい環境と人材が整ったら、後方支援に回りたいって言ってて」

「大和が社長ってこと?」

「うん。お父さんと、お父さんと一緒にやって来た人たちは、人手が必要な時だけバイトに入るって働き方でいいって言うの。だから、若い人を探してるんだ。で、大和がボソッと言ったの。『千尋は無理かなぁ』って」

「大和が?」

「うん。この家を建てる時、千尋にもアドバイスをもらったじゃない? 大和、すごく楽しかったみたいで。また、千尋と一緒に働きたかったみたい」

 初めて聞いた。

 大和とさなえの家を建てる時、女性目線での意見と、内装のアドバイスを求められた。
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