指輪を外したら、さようなら。
実際に、壁紙やカーテン、照明なんかは私が手配した。
あの時、さなえそっちのけで大和と熱く語ったことは、よく覚えている。
「けど、仕事となるとどうかなぁ」
遠慮があれば仕事にならないし、遠慮がなさ過ぎても仕事にならない。
「じゃあさ、試しに一件、やってみないか?」
背後からの声に、私は首を捻る。大和が缶ビールを片手に立っていた。
「前の会社の先輩で、フリーになった人がいてさ、その人と共同でコンペの出展を考えてる。あと二人、予定してたんだけど、一人は転勤でダメになって、もう一人は先輩と喧嘩別れしたせいで巻き込めなくなったんだよ。だから、千尋が入ってくれたら助かる」
「けど、妊娠中だよ? 半端に関わって迷惑をかけるようなこと――」
「――それを承知で誘ってるんだよ。それに、さなえとも相談して、事務所の一部屋を育児室にしようと思ってるんだ。産後も働けるぞ?」
「育児室?」
「そ!」
さなえが声を弾ませる。
「事務所の二階を片付けて、一部屋を育児室にするの。そうしたら、子供を保育園に預けなくてもいいし。大和のお母さんも、仕事より孫の世話の方がしたいって言ってくれて。千尋が手伝ってくれたら、私が二人の面倒を見てもいいし」
「家族経営の個人事務所だからできる働き方だろ?」
「確かに」
「有川も安心するんじゃないか? 自分の目の届かないところで働かれるより、さ」
私は、自分が専業主婦に向いているとは思えない。
最低限の家事は出来るけれど、得意でも好きでもない。
ずっと、がむしゃらに働いてきて、これからもそうだと思っていたから、結婚した今も違和感しかない。
フリーで仕事をすることも考え始めていたから、大和とさなえの誘いは、私にとってこの上ない好条件だ。
「ありがとう」と、私は素直に礼を言った。
「やってみたい」
「ホント! やった!!」
さなえが満面の笑みで言った。
「けど! 友達だからって特別扱いはされたくないの。試用期間中は時給か日給、もしくは出来高制で――」
「――わかった、わかった。それは、おいおい、な?」
「ね、週明けにでも事務所に来てよ。で――。あれ? 麻衣ちゃん、泣いてる?」
さなえが首を傾げる。
私と大和が振り返ると、麻衣が鶴本くんにしがみつくようにうずくまっている。
「あ! おいっ! なに、麻衣を泣かせてんだよ!」
大和が麻衣のそばに駆け寄った。
「麻衣、どうした?」
「俺と離れるのが寂しいってさ」と、陸。
「限定しないでください!」と、鶴本くん。
「俺がいるぞ、麻衣!」と、大和。
「お前はどうでもいいんだよ」
「なんでだよ!」