指輪を外したら、さようなら。


 翌日。

 龍也とあきらが娘の顔を見に来てくれた。

「おめでとう、千尋」

「ありがとう」

「まだ、どっちに似てるとか、わかんねーな」と、龍也が比呂の腕の中の娘の顔を覗き込む。

「いや、全面的に千尋に似て欲しい」

「あ! 耳! 耳の形は有川さんに似てない?」

「マジか!? 俺、耳朶薄いからなぁ。女の子はピアスとかイヤリングする時に困んねぇ?」

「その心配、気が早くない?」

 騒がしいなかでも、娘はすやすやと眠っている。少し前に母乳をあげたら、なかなか上手に飲めたから、お腹いっぱいで満足なのだろう。

「ね、あきら。その子、抱いて?」

 覗き込むばかりで手を出そうとしないあきらに、言った。

「え?」

「抱いてあげて? それで、名前を付けてあげて」

「え――?」

「あきらに、名前を付けてもらいたい」

 二か月くらい前に、子供の名前を考え始めた比呂に、私の願いを言った。

 あきらの身体のことも、龍也との結婚までの経緯も話して、わかってもらった。

 少し残念そうではあったけれど、比呂は了承してくれた。

『二人目は俺がつける!』とは言っていたけれど。

「なんで私が――」

「――名付け親になって」

 あきらの瞳が大きく開く。

「私の子の、親になって」

「なにを――」

「――海外ではさ、後見人? ていうの? あるじゃない。あと、名付け親は実の親も同然みたいに接したりするって。それと同じ」

「同じって……」

 あきらの声が、震え、かすれていく。

「お願いします」と、比呂が娘を差し出した。

「すんごいキラキラネーム以外で」

「そんな……」

 押し付けるように娘をあきらの腕に抱かせ、比呂はすっと手を離す。

 弟妹の面倒を見て来ただけあって、あきらはすんなりと娘の首の後ろに腕を添わせた。

「可愛いな」と、龍也があきらの腕の中の娘の頬を軽く突く。

「可愛いな……」

 娘を見下ろすあきらの表情は見えないけれど、泣いているのがわかった。

 ポタポタと垂直に落ちる雫が、娘を包んでいるタオルを濡らしていたから。

「『未来』と書いて『みく』」

 準備していたように、名前がすんなりと出てきて驚いた。

「千尋の子供が女の子だってわかった時、自分だったらどんな名前をつけたいか、考えてたの……」

「……そっか」

「有川未来(みく)か。いいね」と、比呂が笑った。

「いいの?」

 採用されると思わなかったのか、驚いて顔を上げたあきらの頬は涙で濡れていた。

「いいよ」と、比呂が答える。

「だって――」

「――俺と千尋がうまくまとまったの、あきらと龍也のお陰みたいなもんだし、な」

「未来」と、龍也が娘に呼びかけた。

「未来ちゃん」

「ありがとう、千尋」

 未来を抱いているせいで拭えないあきらの頬を、涙が滝のように伝っていく。

「どうして? 私の方こそ、可愛い名前をありがとう」

 ふにゃ、っと未来が顔を歪ませた。

「未来……ちゃん?」

「名前、喜んでるんじゃね?」と、比呂が未来を覗き込む。

「これで、あきらも母親だね」

 とめどなく流れる彼女の涙が未来の頬を濡らし、私たちの娘は部屋中に響く声で泣きじゃくった。

 あきらが慌てて未来をあやし、龍也があきらの涙を拭う。

 私と比呂は、二人を見て笑っていた。
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