指輪を外したら、さようなら。
「ご両親の階段下収納を諦めてもらって、この図面通りの場所に螺旋階段をって提案もしたんだけど、嫁はリビングに欲しいって言い張っちゃって」

「そりゃ、まずは家族会議からだな」

「だよね……」

 それでも、何かいい案はないかと、千尋は夜遅くまで図面とカタログと睨めっこしていたのだろう。

「ねぇ、比呂」

「んー?」

 俺は二つ目のそぼろを食べ終え、一緒に買って来たお茶を飲んだ。

「別れても、いい仕事仲間に戻れるね」

 ゴクン、とお茶が音を立てて喉を流れた。

「別れたいのか?」

「比呂が離婚するまで、ってルールでしょう?」

 平然と別れを口にする千尋の顔を見ていなくて良かった。違う。俺の、顔を見られていなくて良かった。

 きっと、酷い顔をしている。

「離婚が成立したら、自由だよ」

 聞きたくない。

 千尋の口から別れの言葉なんて、聞きたくない。

「妻からも愛人からも自由に――」



「結婚しよう」



 背中合わせでよかった。

 きっと、泣きそうな顔をしている。

 俺が。

「千尋を、愛してる」

 震える声で、けれど、ハッキリと言った。

「結婚したい」

「比呂のこと、好きよ」

 この言葉は、顔を見て聞きたかった。

 千尋の手が、俺の手に重なる。

 彼女の指が、俺の左手の薬指をなぞる。

「コレ、してるから」

 結局、同じことの繰り返し。



 俺の想いは、千尋には届かない――。



 俺は振り返って、背後から千尋を抱き締めた。うなじにキスをして、耳朶を舐めて、両手で胸を揉む。

「比呂っ――!」

 Tシャツの裾から手を滑り込ませて、乱暴にブラジャーを引き下げ、直接胸に触れた。硬くなった下半身を彼女の尻に押し付け、腰を揺らす。

 発情期の犬のようだ。

 俺は何も言わなかった。

 ただ黙って、千尋の背中を見ていた。

 俺に突き押されて揺れる彼女の髪を見ていた。

 顔を、見られなくて良かった。

 視界が揺らぐのが、汗のせいなのか、別なの何かのせいなのか、俺にもわからなかった。
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