指輪を外したら、さようなら。

「つーか、子供ってそんなに重要? 産めない、のと、産まない、のとでどれほど違う?」

「どういう意味?」

「世の中にはたくさんいるじゃない。子供が嫌いだから、とか、自由でいたいから、とか、経済的に余裕がないから、とかいう理由で産めるのに産まない人。それと、産めない、ことの違い」

 私も、産まない、人のひとり。

 結婚も出産もしない、と断言している。

 まぁ、既婚者ばかりを相手にしているからには、当然のこと。

 あきらは口の中のピザを飲み込んでから、言った。

「産みたいか、じゃない? 産みたくないのと、産みたいけど産めないのとでは、気持ちが全然違うよ」

「酷なことだってわかって言うけど、あきらが子供を産めないのは揺るがない現実なんだから、それを受け入れてくれる龍也を拒むのは、幸せになりたくなって言ってるように聞こえるけど?」

「私が幸せになりたいか、じゃなくて、龍也には幸せになってもらいたいってこと」

 あきらがそう答えるであろうことは、予想していた。

 要するに、あきらは龍也が好きなのだ。

 自分の幸せを犠牲に出来るほど。

 龍也が子供好きで、早く結婚して子供が欲しいと話していたことは、記憶に残っていた。それが、あきらが龍也の気持ちを受け入れられない最大の理由だろう。

「あきらと一緒にいることが龍也の幸せなら?」

「今はそうでも、十年後には子供が欲しくなるかもしれないじゃない」

「ならないかもしれないじゃない」

 私とあきらは顔を見合わせた。

 私はスルメを噛み、あきらはピザを咥えながら。

「結局、未来のことなんてわからない、ってことよね」

「……だね」

「龍也のことは置いておいて、元カレはどうするの? しつこくメッセしてきてるんでしょ?」

 龍也が心配になるのも、無理はない。

 大学時代の龍也が、あきらへの気持ちを諦める原因になった男。

 心配し過ぎて暴走したのだろう。

「うん。一度、会おうかと思ってる。話を聞けば満足するかもしれないし」

「大丈夫?」

「うん。いい機会だから、引っ越すつもりだし、しつこいようならブロックしちゃえばいいだけだから」

「引っ越し先、決めたの?」

「仮押さえはした」と言って、あきらは情報誌を開いた。

 角を折ってあるページのマンションの外観が、赤丸で囲われている。

「ここじゃ、龍也の家から離れるね」

「けど、職場は近くなるし」

「龍也は知ってるの?」

「……言ってない」

 龍也の家の正確な場所は知らないけれど、最寄り駅は知っている。あきらが仮押さえしたマンションとは、路線が違う。

 立地とセキュリティからすれば家賃も安いし、いい物件だとは思う。

「龍也とも、ちゃんと向き合いなよ? 喧嘩別れなんてしていい相手じゃないでしょ」

「……わかってる」

 そうは言っても、あきらからは連絡しないだろうことは、確信が持てた。

 龍也が意を決して訪ねてきたら、あきらは引っ越した後だったなんて、想像したくない。

「で? 千尋の話は?」

「ん?」

「私の話ばっかはずるいでしょ」
< 40 / 131 >

この作品をシェア

pagetop