指輪を外したら、さようなら。
「随分、器用だな」

 耳元で囁かれ、ハッとした。

 身体は火照り、汗に濡れ、心拍数が上がっている。

「セックスしながら考え事か?」

「考え事をしているのに始めたのはそっちでしょ」

「ま、いいや。お前の疑問にはゆっくり答えてやるよ」

 そう言いながら、比呂は私の中に押し入ってきた。

 さすがに、もう、何も考えられない。

 身震いし、胸を突き出すように仰け反り、短く息を吐く。

 私を見下ろす比呂の表情は険しく、けれど、吐く息は私と同じで短く跳ねるよう。

「んっ――!」

 気持ちいい。

 何を考えていても、身体は正直。私は快感に身を捩り、シーツを握り締めた。

「千尋――」

 私を呼ぶ比呂の甘い声に、お腹の奥が疼く。

「お前は、おれの(もの)だ」

 何度も抱かれて、身体の奥が比呂の形やリズムをすっかり覚えてしまった。

 真っ直ぐ突き上げられ、時々最奥を撫でるようにグリッと腰を押し付けて捻る。

「ああ――っ!」

「千尋……」

 夢中で腰を振りながら、時々余裕をなくしたかすれた声で私の名前を呼ぶ。とても愛おしそうに唇に触れる。フッと冷静さを取り戻し、私の反応を窺う。

 そういう、比呂が好き。

 だけど、奥さんと別居した頃の苦しむ比呂を知っているから、どうしても素直になれない。

 どんな事情があるにしろ、別居して、行き場のない感情を仕事にぶつけ、それでも持て余した熱を私に向けた。

 それだけ。

 それほど、比呂は奥さんを愛していた。

 もしかしたら、現在進行形かもしれない。

 奥さんと再会し、離婚の意思が揺らいだのかもしれない。

 だから、書類の上での夫婦関係を継続させることにしたのかもしれない。



 でも、もしかしたら……。



「お前が考えてること、全部間違ってる」

 比呂が動きを止めて、言った。

 彼は私の頬に触れ、それから眉間に人差し指を当てた。

「ぐっちょぐちょに濡らしながら、こんなおっかねー顔してるとか、ホント、器用だな」

 比呂の顔がゆっくりと下りてきて、一瞬前まで指を置いていた場所にキスをした。比呂の顎から雫が落ちて、私の唇を濡らした。

 比呂は全身汗だくで、息も熱い。

 手を伸ばして彼の髪に触れると、汗で湿っていた。

「そんなに……変な顔してた?」

 比呂がふっと笑う。気の抜けた、会社ではけっして見せない表情(かお)

「お前と一緒にいたいから、離婚はしない」

「え……?」

「愛してる」

「なに言ってるの!? 愛人の為に離婚しないなんて、意味が――」

「仕方ないだろ。本気で惚れちまったんだから」



 どうして、そこまで……。



「愛してるよ」

「私は……愛してない」

「千尋」

 私は両手でドンッと比呂を押し退けた。

「馬鹿じゃないの? 後腐れなく別れてあげるって言ってるんじゃない。会社にバレる前に、清算させてあげるって言ってるんじゃない。なんでわざわざ――」

「本気で愛してるから」と、比呂が言った。

「指輪を外したらさよならだって言うなら、外さない。俺がこの指輪に縛られ続けることで、千尋を俺に縛り続けられるなら、それでいい」

「なによ、それ。わけわかんな――」

 うなじをグイッと引き寄せられた。キスされるのかと思った。目を閉じたら負けだと思い、意地で目を見開いた。

 けれど、唇は重ならず、まつ毛が触れるほどの距離で、私と比呂は視線を交えた。

「これが、俺の本気、だ」

 全身の毛が逆立つ。

 さっきまで比呂と繋がっていたトコロだけが熱い。

「一生、お前は俺の愛人だ――」

 こんなことを言われて悦ぶなんて、狂ってる。

 私は噛みつくようなキスをして、再び彼を呑み込んだ。
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