指輪を外したら、さようなら。



「えっ!? マジで?」

 私の声に比呂がチラッとこっちを見て、また視線を手元のスマホに戻す。

 私が寝室に場所を移そうとソファから腰を上げると、肩をポンと叩かれた。ソファの隣の重みがなくなる。比呂はテーブルのカップを二つとも持って、キッチンに向かった。コーヒーを淹れ直してくれるようだ。

「本当にいいの?」

『うん……』

「全然、良さそうな声じゃないけど?」

『……』

 電話の相手は、あきら。

 あきらの家で話したのが最後で、比呂との同居も伝えていなかった。言わなきゃと思っていたところに電話があって、声からしてあきらは泣いているようだった。

「龍也はなんて?」

『ずっと私だけだった、って』

「え?」

『私とスルようになってから、他の女を抱いたことはなかったって』

「え――、マジ?」

 龍也は、恋人とセフレを天秤にかけられるような男じゃない。だから、同時進行はないのはわかっていたけれど、あきらに恋人がいる間は合コンにも行っていたし、恋人もいたと聞いていた。

「恋人がいたの、嘘だったってこと?」

『そう……みたい』

「あ……、けど、そういえば龍也って、『恋人がいる』とか『彼女が出来た』とかハッキリ言ったこと、なかったよね。私たちが聞くと、『まぁ、それなりに?』とか『好きな女がいる』とかは言ってたけど」

 つまり、嘘をついていたわけじゃない。

 私は膝を曲げてソファの上に足を上げ、片手で抱えた。

「さすがに……、龍也がそこまで本気で入れ込んでるとは……」

『……』

 私はおでこに掌を当て、前髪をくしゃっと握った。

「けど、あきらは恋人がいた時期もあったでしょう? それは――」

『シてない』

「え?」

『何人かと付き合ったけど、誰ともセックスはしてないの』

「ええ!?」

 思わず前のめりになり、足をソファから下ろす。ちょうど、比呂がカップを持って戻って来て、危うくカップを持つ手にぶつかるところだった。

 比呂がテーブルに置こうとしたカップをひょいっと持ち上げ、私をかわす。

「あ」と短く発音すると、比呂は笑って軽いキスを落とした。

 電話中に何をするんだと言いたいところだけれど、コーヒーの香りに手を伸ばしてしまった。

『付き合ったって言っても、セックスの前に妊娠できないことを話してたから、半分は結婚して子供も欲しいから別れたいって言ったし、半分は生で出来るって涎を垂らしてたしで――』

「――で、龍也のところに戻ってたの? それって――」

『わかってる! わかってるから……』



 最初っから、龍也以外いないんじゃない――!



 どこまで臆病なのだろう。

 どこまで不器用なのだろう。



 羨ましいくらい、お互いしか見えてないのに――!!


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