指輪を外したら、さようなら。

 だが、そもそも娘がいながら不倫なんてするような両親だ。俺を恨む以前に、両親を恨むべきだ。

 そんな風に、見知らぬ女の子に自分の行動を言い訳しながら、目を閉じた。



 出来れば、東山家を巻き込まずに済ませたい。



 それが、正直な願いだった。

 が、その願いはあっけなく散った。

 出張から帰った俺は、千尋の話を聞いて、すぐさま東山と会うことを決めた。

 住所と職場はわかっている。

 俺は、東山の職場に電話をかけた。

 事務員らしい女性に、以前に世話になったと伝え、堂々と名乗った。

『お電話代わりました、東山です』

 その声に緊張の色が見えたのは、先入観からか。

 俺は名乗り、会って話がしたい、と伝えた。彼はそれに応じ、二十時に駅前のBarで待ち合わせした。

 敢えて、美幸への口止めはしなかった。二人で乗り込んでくるなら、都合がいい。美幸一人で乗り込んで来たら、『お前が千尋に会いに行ったりしたからだ』と文句を言ってやる。

 だが、東山は一人で来た。

 恐らく、美幸には何も言っていない。

「名刺の交換をした方がいいですか?」

 俺は皮肉たっぷりに言った。

 東山は、軽く唇を噛み、ジャケットの内ポケットに手を入れた。黒い名刺入れから、一枚取り出す。名刺入れは、使い込まれていたが、本革のようだった。

「今後は、私の携帯にご連絡ください」と言って、両手で名刺を差し出す。

 俺もまた、名刺を差し出した。

 俺はビール、東山はハイボールを注文した。

 三十八歳という年齢からか、会社経営者の落ち着きなのか、不倫相手の旦那を前にしても、冷静だった。

 身長は俺より少し高く、百八十センチくらい、短めに整えられた髪は全体に後ろに流しているから、実年齢よりも年上に見える。会計士という仕事柄なのか、個人の性格なのか、この場を意識してなのか、ネクタイはキチンと締め、足を組むこともしない。

 一方、俺は客との打ち合わせ時以外はジャケットを脱ぎ、ネクタイも締めていない。いつもワイシャツの袖をまくり曲げ、髪も前髪か目に入って邪魔になるまで放置。

 親の紹介とはいえ、美幸が結婚相手に俺を選んだ理由がわからない。



 むしろ、正反対だからか……?



「お話は、奥様のことですよね」

 口火を切ったのは、東山。

「奥様、とかいいですよ。あなたの方が付き合いが長いんだし、いつも通りでどうぞ。妻を呼び捨てにされて怒るくらいなら、とっくにあなたに殴りこんでますよ」

「……そう、ですか」

「はい」

「わかりました」

「では、本題です。俺と別れるように、美幸を説得してもらえませんか?」

「――は?」

 唐突な、予想もしなかった申し出に、東山は口を半開きにして俺を見た。

「あなたの言うことなら、聞くでしょう?」

「いや、え? 離婚!?」

「――は?」
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