指輪を外したら、さようなら。
「新事務所が完成するころに、俺から交際を申し込みました。それから一年ちょっとは順調に付き合いが続いていました。結婚を意識し始めた頃、美幸から親友だと紹介されたのが、妻の忍でした」
「――はっ!? 美幸はあなたの奥さんと親友だったんですか?」
びっくりして、思わず頬杖をついていた手で、バンッとテーブルを叩いてしまった。
バーテンダーが何事かと俺を見たが、何でもないとわかり、他の客の対応に戻った。
「はい。忍は父親が会計事務所を持っていて、忍自身も他の会計事務所で働いていました。偶然にも、他の事務所に移りたいと考えている時に、親友の恋人が会計士だと聞いて
、人員を募集している事務所はないかと相談されたんです。偶然にも、俺の事務所の所長と忍の父親に面識があり、忍は俺の事務所で働くことになりました」
話の先が、読めてきた。
小説やドラマにありそうな話だ。
「今になってみれば、あの頃から忍は俺に目をつけていたようです。結婚して、父親の事務所を継いでくれる男を探していたから」
「けど、親友の恋人にまで手を出すなんて――」
「有り得ないですよね」と、東山は自虐的な笑みを浮かべた。
「美幸が気にしているようだったから、俺は忍とは関わらないようにしていたんです。誘われても、二人きりになるようなことは避けてきた。けど、事務所の飲み会の帰りに二人きりになってしまって――」
「――目が覚めたら事後だった、と」
東山が力なく頷いた。
やっぱり。
聞かなくてもわかる、酔ったはずみでホテルへGo! の展開。
若い頃、俺も経験がある。
ワンナイトから付き合い始めたが、一か月で別れた。
こればかりは、同情はしても、彼が悪くないとは言えない。経緯がどうであれ、勃ってしまったモノを突っ込んでしまったら、男の責任だ。
「けど、全く記憶がなくて。ビールを二杯くらいしか飲んでいないのに、本当に朝までの記憶がなくて。だから、美幸にも言い訳のしようがなかった。ただ、ひたすら謝るしかできなかった。そのうち、忍に妊娠を告げられて、勝手に事務所にも報告されて、なし崩し的に結婚することになってしまったんです。美幸は俺を責めもせず、別れを受け入れてくれました。だけど、俺はどうしても美幸を忘れられなかった。結婚して、義父の事務所を継ぎ、もうすぐ子供が生まれるという頃に、美幸から連絡がありました。美幸も俺を忘れずにいてくれて、どうしてこんなことになったのかと、忍に会って聞いたんだそうです」
親友に恋人を奪われた美幸は、さぞ悔しかったろう。
気持ちに決着をつけるために、謝罪の一つでもあればと、行動したのかもしれない。
「忍は悪びれることもなく、簡単に騙された俺が悪いと言いました。自分の事務所を持たせてもらったんだから、感謝してほしいくらいだと。美幸には、昔から自分よりいい男と付き合って、幸せそうなのが許せなかったと毒づいた。しまいには、どうしても寂しかったら、時々俺を貸してやってもいい、とまで言った。途中からでしたが、美幸は忍との会話を録音していたんです。それを聞いて、俺は美幸との関係を続けるのに、何の罪悪感も持てなくなった」