指輪を外したら、さようなら。
「有川がそこまでキレたんだ。お前のことで余程のことを言われたんだろ。な? 金城」

 黙っていろと言ったのに聞かれて、金城くんは素早く瞬きを繰り返し、大きく頷いた。

「そうなると、だ。かなり厄介だぞ」

「クビ……ですか」

「損害賠償もあるな」

「はぁ……」

 あの調子なら、比呂は何を聞かれても『ムカついた』くらいしか言わないだろう。それでは、部長たちは比呂を庇えない。

「今のところ、上層部の判断待ちで自宅謹慎だろうな。有川をクビにするとしても、大河内亘に対する謝罪や賠償問題があるから、明日明後日に結論を出すのは不可能だ」

「……」

「金城。有川が抜けた穴を埋めるのはお前だろ? 気合入れろよ」

「えっ!? 俺ですか? 無理ですよ!」と、金城くんが運転席と助手席の間から顔を出す。

「チャンスだぞ? 有川の後任の主任のポスト、欲しくないか?」

「いりません! 俺、有川さんと働くの好きなんです。つーか、俺、まだ一級取れてないんですよ」

「そうだっけ? 残念」

 長谷部課長が金城くんを和ませている間、私は考えていた。

 比呂はクビを覚悟している。

 私はそれを許すつもりはない。



 ならば、私に出来ることは――?



 結論の出ないまま、会社に到着した。

 金城くんは、先に着いていた比呂の後を追って、走って行った。

「長谷部課長」

「ん?」

「前に、私に救われたって言ってましたよね」

「……ああ」

「今度は、私を救ってください」

「……」

 シートベルトを外し、私は身を乗り出して課長の顔をじっと見た。

「時が来たら、私を助けてください」

「……お前らしいな」と、課長が笑った。

「え?」

「『私の為に比呂を助けて!』とか言わないあたり」

「言いましょうか?」

「やめてくれ」

 課長もシートベルトを外した。

「相川」

「はい」

「俺、再婚を考えてる」

 課長が若い女性と歩いていたと、女子社員が話しているのを聞いたことがある。

「……おめでとうございます?」

「だから、仕事を失くすわけにいかない」

「……」

 尤もだ。

 課長に協力を求めてはいけない、と思った。

「だから、一度だけだ」

「…………」

「きっちり、借りは返す」

「ありがとうございます」

 実際に協力を求めるかはわからないけれど、借りれる手をキープしておくに越したことはない。

「ありがとうございます!」



 私が比呂を守る――!



 私は顔を上げ、エレベーターに乗り込んだ。

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