CROSS LOVELESS〜冷たい結婚とあたたかいあなた


アーベル・シュミットと名乗った男性と別れた後も、玲さんは私を抱きしめたまま歩き出す。いくら人が少ない夜の庭園とはいえ、全く人目が無い訳ではないから。このままだと恥ずかしくて気を失いそうだ。

「あ…あの…玲さん…もう離してください」
「なぜ?」

え、と思わず彼を見上げる。すると、彼の目元にホクロを見つけた。こんな場所に…玲さんはホクロがあっただろうか?

「オレたちは夫婦だろう?これくらい当たり前だ」
「……っ!」


ぐいっと抱き寄せられ身体同士が密着すると、全身にゾクッと衝撃に似たなにかが駆け抜けた。

(この薫り……!)

以前にもあったシチュエーション……忘れないし、忘れられないあの瞬間。

「あなた……蓮さん……ね?」

私がほとんど確信を持って指摘すれば、彼はフッと笑って前髪を崩しかき上げる。それは、美香が“ダサい”と苦言を呈する普段の蓮さんからは想像もつかないほど、色香を感じさせるもので。私の中に最大級の警報が鳴り響く。

「だから?オレが蓮だからなに?」
「やっぱり…なぜ、玲さんのふりを?」

あっさり認めては拍子抜けではあるけれども。どうして蓮さんが兄を演じていたのか……私には到底理由が思いつかなかった。

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