CROSS LOVELESS〜冷たい結婚とあたたかいあなた


玄関ホールで出迎えてくれた執事の黒田(くろた)さんは教えてくださった。

「おかえりなさいませ、薫お嬢様。ただいま美香お嬢様が客間で沢村家の方々とご歓談されてらっしゃいます」
「……そう」

車止まりに見慣れたロールスロイスが停まっていたから、それは予期できたことだった。

婚約者がいらっしゃるなら失礼はできない。帰った足そのままに応接室に向かった。

(でもきっと…玲さんは私といる時より楽しんでらっしゃるんでしょうね…)


私の実家は数千坪ある敷地に建つ、築100年は経た3階建てのモダンな造りの洋館。曽祖父が明治に始めた輸入商が大当たりし、一代で相当な財を築き上げた。
ただ、やはり成り上がりと上流階級には相手にされずに劣等感に苛まれていたらしい。息子(私には祖父にあたる)を無理に名門校に遣り、上流階級に取り入るように努力した…と。

そうした努力の甲斐もあって、ようやく念願の縁組みが行われた。

それが、私達姉妹と沢村家兄弟との婚約。

大名家の流れを汲み代々政治家を輩出。現役大臣を父に持つ将来有望な兄弟は、幼い頃から縁談も多かったと聞く。私達が3歳で彼らが8歳の時、盛大な婚約式でお披露目が成された。

それ以来、私は将来政治家の妻として恥ずかしくない教養を身につけるため、たくさん勉強やお稽古ごとを課された。
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