永遠という名の海に沈む
嫌だというほどに目の奥まで太陽の光が突き刺さる
今日もまた、今日が始まった。憂鬱な朝だ。
横にあった体を縦に伸ばし、大きな伸びを一つ。
そして窓フレームの上にあったスマホに手を伸ばす。
「んんっ、まだ朝早いじゃん、昨日もまともに寝てないし頭いったあ」
画面に眩しさを感じながら、僕はいつもの通り、開く。
あ、早くもD Mきてる。
素早くおはようのタイムラインを流し、めんどくさいと思いながらもDMの送り主であったゆあちゃんのメッセージに既読をつけた。
「蒼ちゃん、おはようー
垢、転生するからこっちフォローして♡
@yuayuachama42」
そう、僕はオンライン上で「蒼ちゃん」と名乗る中学三年生。
世間一般で言う、「不登校者」だ。
朝起きてスマホを触ることから始まり、夜寝るまでどっぷりとオンライン上の世界で生きている。かれこれこの生活をどのぐらい続けているんだったっけ、思い出せない。
この世界は偶然なのか必然なのか私に冷たい。
街歩く人も同じことを考えているのか否か、私にはわからないが私が見ている世界は少なくとも寂しさと虚しさを集めて作った一つのガラス玉のようなものに過ぎなかった。
「おはようゆあちゃん♡わかったフォローしたよ^_−☆」
私を除く世間一般の人は、この関係を脆く、浅はか無関係のように見えるかもしれないが、私である僕、オンライン上の蒼にとってはここだからこそ繋がれる替え難い命綱のようなものであった。簡単でも脆くても儚くてもいい。
このオンライン上の蒼ちゃんでしか幸せを掴めないような気がしていた。
「さらー起きなさい。今日は病院もあるのよー。学校はいつも通りなのー?早くご飯食べちゃってー」
「はあ。んーわかった。」
うるさいうるさいうるさい。何でこんな、こう・・形として嫌なことでないのに不快な思いにさせるんだろう。あくまで貴女の産んだ子。こんなこともわからないものか。
 彼女は彼女なりに不登校になるきっかけになる過去を持っている。だからどれだけ願っても彼女自身の感情なんて誰も解りはしないことだって知っている。だがそれを解って欲しい。と大切だと感じる人にこそ、解ってくれると信じている人にこそ、望んでしまうんだ。求めてしまうんだ。
「味はどう?」
何と無く見ていたテレビの横から聞きたくない声が聞こえてきた。
「うん美味しいよ。」
何も感じていないものをあくまで感じているように振る舞うのは重苦しい。だけど、何も言わずにぶつぶつ文句を言われる方が堪ったもんじゃない。私には、拒食症と言う過去があった。食べるのを拒んでいたあの時期があったからこそ、母さんは今こうして私が食べて回復しているフリを見ることがたまらんく嬉しいんだろう。
「今日、優ちゃんと会ってくるから。何かあったら言うのよ」
今日はいつもより一層と厚かましいと思ったらやっぱりな。
優ちゃんとは母さんの親友。母さんと同じ歳だと言うのに母さんより一回り若く見える。優しくて面白くて暖かくて。隣の芝生は青く見えると言う通り、多少は他人のものがよく見えるのかもしれないが少なくとも優ちゃんの家族は私の家族よりも芝生は青いだろう。
そんな願っても叶わないことを考えているうちにパンが乗っていたプレートからパンが消えていた。
「ああ、食べ終わったか。」
お皿をシンクまで運び、いつもの通り二階の自分の部屋まで戻る。
今日も荒れてるな。このSNSの世界は何らかの過去を持って繋がっている人が多い。だからこそ弱った心で感じる膨大な悲しみ、苦しみ、裏切り、虚無感、過去のフラバ・・・
一人一人がそれぞれ抱えている何かを形として過激な行動や言葉で多々表現する。三次元では否定される行為を二次元では受け入れてくれる。頑張って乗り越えようとしていることを当たり前ではないとあらわしてくれる。そのためだけにここに走る。
「今日も親から殴られた、死にたい」
「大事だった〇〇ちゃんに裏切られた。もう何も信じられない」
「今日も学校休んじゃった。悪い子だ・・私・・・」
「ODした」
「#私がいなくなったら悲しむ人RT」今日も一人一人が抱えている悩みを一つ一つを受け止めるかのように肯定する。冷たいものばかりの世界でここだけは温かいと感じてもらえるように。
この世界を冷たいと感じるのは私だけで十分だから。
そんなこんなで淡々と時間が過ぎていく中、一つ心に引っかかるものに目が止まった。

「〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇」

どういう意味なのだろう
意味深な言葉に引き寄せら
目に止まるものはこの言葉だけだった。
普段は感情を込めるものなんてないから少し悔しい。
当たり前の言葉なのに新しいものと出会ったかのような感覚はいつぶりだろうか。
投げやり半分でその人にメッセージを送ろうと決めた。
ここは簡潔にいこう。この人がどういう気持ちでこれをあらわしたのかなんて私には解るはずがないから。
「はじめまして。僕は蒼って言います。さっきのツイートがなぜか情に引っかかるのですが、どういう意味か教えてください。嫌だったら返答いらないです。」
いつもは猫かぶってハートや絵文字を使う私だけどなぜか、直感的にこの人に使うのは不謹慎な気がした。
一人称を「僕」と名乗るのも、猫かぶるのも全て直感だ。
だからこの人に対しても直感的な行動なだけだ。
そう憶いたい。
相手からはなかなか返答はこなかった。
だが、ツイートも更新されてないことだしまだ既読していないだけだろう。微かな楽しみを感じないフリをして、適当に時間をつぶした。
「ただいまー。冬、お弁当買ってきたわよ。降りてきなさーい。」
母さんが帰ってきた。それと同時に私の居場所が一気に重いものへと変わってしまった。
「うん分かった。」
適当な返事をしながらも私は降りようとしない。降りなければ、優ちゃんと話に花を咲かせたやら優ちゃんの新たな一面やらを聞かなくて済むのかもしれないから。微かなる期待はすぐにもっと重いものへと変わってしまった。
「お父さん、帰ってくるわよ。最近顔合わせてないって寂しがってたから今日こそ話すのよ。」
ああ、帰ってくるのか。あの重い空気感と重圧感にはたえれるだろうか。
元々家族には恵まれている方だ。SNSの世界で蒼として生きているからそれはより一層感じている。だから何がそんな嫌なのか、と聞かれてもそう簡単に言葉で表すことはできない。
だが一つ表すとするならば恵まれているからこそ辛いのかもしれない。私を除く世間一般の人は私の両親ことを優しいというだろう。だがそれを純粋に優しいと感じれない自分自身や、何かの逆恨みのような感情を家族に当ててしまっている愚かさ。そんなものが私の心に重くのしかかっているのだ。
そんなものが私の心に重くのしかかっているのだ。
  ガチャ
嫌な音がした。
「ただいまー。ケーキ買ってきたぞ。」
その言葉とともに心に重くのしかかる何かを感じる。
ケーキなんて何のために買ってきたのだろう。最近会ってなかった娘の機嫌取りの道具だろうか。また、駅の横の路地にある小さなお店のだろう。あの何とも言えない甘ったるさのあるケーキは賛否分かれるようなしつこさで、私にとって私の心に貢ぐ賄賂のようなものに過ぎなかった。
父さんか母さんにとやかく言われる前に下へ降りよう。
私はスマホの画面を閉じ、二次元の「蒼」ではなく三次元の「冬」として重圧感の漂う家族のもとへ引き込まれるかのように消えていった。
「おお、冬。久しぶりだな。冬の好きなケーキがあるぞ。みんなで食べよう。」
ああ、父さんにとって私はまだ昔のままでいるのか。「冬の好きなケーキ」そんなの何年前の話だろう。元々ケーキが好きなんて言っていない。父さんは世間一般の女の子として扱っていて、到底自分の娘であるという自覚はどこかに落としたかのように存在しないんだ。
だから嫌だったんだ。母さんだけならまだしも父さんも世間一般の人という枠組みに私を押し込んで「冬」というありのままの自分自身のことを心から見てくれていないとまた感じてしまうから。そんな小さな感傷的な感情が重い空気と重圧感を漂わせる。
分かってるんだ。何にも私のこと分かってないなんて痛いほど分かってるんだ。もう分かって欲しいなんて何も望んでいない。でも、だけどどこかで、ほんのどこかでもしかしたら私の中にある小さな苦しみを見透かしてくれているんじゃないかと期待する。
絶望を痛感しては希望を見出そうとする。それが人間とでもいうのなら、今すぐに人間なんてやめてしまいたい。
「冬、最近学校はどうだ?行けてるか?休んでるなら休んでるなりに自分で勉強するんだぞ。」
行けてるか?なんて行けてないって分かってるのにいちいち心をえぐるような聞き方しないで欲しい。あくまでもそこは行けてないんだろう?出会って欲しかった。
「うん。分かってる。」
適当に返す。
「人の目もあるんだからな。ちゃんと自覚しなさい。」
何だろう人の目って。誰がそんな目で私のことを見てるんだろう。少なくとも正しく自覚しなければならないのは、私ではなく自分の子供のことも分かっていない父さんではないのだろうか。
「まあまあ、準さんそう怒らないで。今日ね、優ちゃんにあったんだけどねゆうちゃんの息子さん、えーっと、愛くんだったかな。あの子も冬と同じような時期があったみたいよ。」
そう言えば、優ちゃん子供いたんだったな。あの美貌のせいか優ちゃんに子供がいたことを忘れていた。小さい頃に一度だけ会ったことあるけど愛っていうのか。愛と書いてめぐむ。名前の通り愛を込めてつけた名前であるんだろうな、と少なくとも優ちゃんとゆうちゃんの旦那さんからの愛情を名前から感じられて羨ましいと感じる。もし、私が優ちゃんの子供だったら幸せだったのだろうか。
「ああ水瀬さんのお宅のお子さんか。優さんの子だから綺麗な子だろうな。」
「そうそう、この前写真見せてもらったけど本当にかっこよかったわ。またみんなで会いたいねって話していたところよ。」
目の前に普段はなかなか顔を合わせたがらない娘が目の前にいるにも関わらず自分の娘はそっちのけで違う子の話をするのか。本当に私たちは血が繋がっているのかと疑ってしまうほど信じ難い。
「ねえ、もう部屋に戻っていい?」
そんな人様の世間話を聞きながら重い重圧感に耐え疲れた私は言葉を溢す。
「ほんとだな。水瀬さんの旦那さんとも久しぶりにお会いしたいし・・ってああ、冬、分かったぞ。くれぐれもいい子でいてくれ。」
「うん。分かってる。」
何なんだろういい子って。どこからがいい子でどこからは悪い子みたいな境界線でもあるのだろうか。というかいい子ってなんだろう。わからないわからない。もし今の私の日常を父さんが見たら悪い子ってていうのかな。
嫌だ。また流されてる。何でこう、父さんは私の気持ちを奥深くそこが見えないところまで沈めるのだろう。沈める・・・?何だったっけ。何かも、誰かも、沈むって言っていた。ああ誰だ。
思い出した。さっきSNSで出会ったあの人だ。返信きてないかな。小さな期待とともにサイトを開ける。まだきてない。浮上してないみたいだ。もし、このまま音信不通のままだったら小さな何かを失ってしまいそうだ。こう、感覚的に。自分の心をストレートな一言で少しだけ動かしたあれを書いていた貴方の中にある世界を早く見てみたい。
人には誰もその人だけの世界がある。赤色のように炎のようだったり、青色のように海のようだったりそんな十人十色の世界その中にある小さなかけらみたいなものまで大切に守る人もいれば、そんなものもあるとは知らずどんどん灰の溜まっていっている人。見える人には見える。そんなものがあるのだ。
私を動かした貴方の世界は何色なのか。興味深い。
そんなことを考えながら私は大きな夢の旅に出ていた。
 ピコン
んん、何だか眩しい。ああ朝か。
SNSのDMだ。またゆあちゃんからのメッセージだろうか。眠さと葛藤しながらも大事な人の身に何か起こってないか、心の中の小さな正義感だけで目を覚ました。
違った。こんな朝早くにメールを送ってきたのは昨日何度もみた、不思議な子からだった。そうと気がついた瞬間眠気なんてものはどこかに置いてきたかのようのに消え失せて、好奇心と不信感のような正反対の善と悪かのような複雑な感情へと変わった
「はじめまして。僕はめぐむっていうよ。メッセージありがとう。君の指しているツイートは・・。どういう意味なんだろうね。君はどう捉える?」
わからない人だ。単に貴方が書いたものの意味を教えてって聞いただけなのに。こんな質問小学生でも答えられる。どういう意味なんだろうって私の心を少しだけ動かしたこの言葉はどこかからコピペ(コピーペースト)しただけの薄っぺらいものだったのだろうか。
「どう捉えるも何もないですが、どういう意味か分からないってあなたが紡ぎだした言葉じゃないんですか?」
返答がもらいたくてすぐさま返した。素直に今の疑問をぶつける。
「正真正銘、僕が紡ぎだした言葉だよ。もし誰かの言葉だったとしたら申し訳なくて返答できないよ。」
「貴方の言葉でよかった。」
「この言葉の何に引っかかる?」
何に引っかかる、か。返答に困る。ここは正直に言ってみるべきなのか否か。
SNSのつながりの中で面白いことは『誰にでもなれること』。
要するに自分を偽って様々な自分になれるところだ。自分を偽ると表現すると響きが悪いのかもしれない。言い換えるとするならば人間誰しもが持っている理想の姿に架空上で在れる、という事なのだ。自分の指先一つで、名前を伏せて180度違う人になることだって好都合だけで決められる。そんなこの小さな世界は蜜のような偽で溢れているし、人々がSNSを悲観的に偏見だけで判断するというならこういうところかもしれない。でもそんな中でも必ず自分の目から直感的に感じる美しい美が潜んでいるからこそなかなか抜け出せなくなるものだ。
もし、ここで勇気を出して嘲笑われたらまた違う名前で新しい何者かになろうと決めて、指先を滑らす。
「うまく言えないし、自分ごとになるのですが、日頃人に対して冷淡で温かな気持ちになることなんてどこかに置き忘れてきたのにないんです。でもそんな中ではじめて温かみを感じたというか、はじめて同じ世界にいる人と出会えたような感覚です。貴方の一言だけでこんなに勝手に妄想みたいな事して、変ですよね。すみません。」
うん、私にしては自分の気持ちを上手く相手に伝えられた方なんじゃないか。伝わるといいなこの想い。
なかなか返信は来なかった。不快な思いにさせてしまったのか。そうだとしたら言わなければよかったかもしれないと数分前の戻らない過去に後悔する。
そんなことを考えていたら当の本人から返答が来ていた。
「謝ることなんて何一つないよ。僕のこんな一言でここまで心を温めてくれてありがとう。同じ世界のもの同士、よろしくね。」
ああ、後期なんてすること何一つなかった。
それから同じ世界の者同士という不純な理由でお互いの自分の話を簡単にした。
話せば話すほどに見えてくるであろう私の冷淡さに文面を見るだけではひかれた様子はなく、そんな冷淡人間の感情を動かすことができた自分の言葉に彼自身は喜びを感じている様の見えた。
「朝ごはんできたわよー。冬、起きなさい。」
もうこんな時間か。さっきまで誰も起きているはずのない時間だったのにもう、今日も私の世界が回る時間へと来てしまった。だが一階から聞こえてくる私の苦手な声も今日は不思議と嫌じゃなかった。
「はあい」
いつもは無反応な私だが今日は小さな声で返事をしてみる。
「いただきます。」
こんがりと焼けているパンは、いつもより焦げが多い。お気に入りのジャムを塗ればそんなことも気になるまい、と思う存分塗りたくってかぶりつく。
うん、美味しい。
「今日はやけに機嫌がいいわね。何かあったの?」
感が鋭い母親。見透かされた。でも、今の私はただ機嫌がいいのではなかった。あの人と話して自分を受け入れてくれたという理由だけで少し、世界が私の見方をしてくれたように感じたのだ。
素直に伝えてみるべきなのか。いいや、やめておこう。言ったとしても何で家に篭っているのにそんな気持ちになるんだやら、夜中に外に一人で出たのかやら、彼氏がいたのやら踏み込んで欲しくないところまで踏み込まれるのは目に見えている。ただでさえ踏み込まれることは人間誰しも嫌だけど、私の場合踏み込んで欲しくないデットスペースが未知なほど多くて、自分でも計り知れない。
「ううん、直感的に。」
こうとだけ返しておこう。それもまた直感的に思った。
ささっと食べた朝食は思っていたより美味しかった。
今日は何しよう。いつもとは違い、そんなことを考えながら始まる新しい一日。
「ただいま・・・」
ふう、流石に喉を使いすぎただろうか。からからだ。
結局その後、自転車をかっ飛ばして片道十五分のところにある秘密の隠れ家の様なカラオケ屋で4時間歌いまくった。
たまにはストレス発散に行かねばこんな狭い世界の中にいるだけは息苦しい。
「カラオケで歌いまくった〜!!最高」
帰ったらツイート。これは私の絶対事項。そして手を洗って一息つく。
ピロン
一息ついたところでスマホが鳴った。ん、誰だ。ああ、返信してくれた人がいたみたいだ。FaceIDを潜り抜けて映った画面は意外な人からの返信だった。
「おかえり。」
めぐむからだった。ははっ、家族みたいだ。帰ってきてただいまと言っても誰も返さないのが冷めた私の家では常識だった。ただいまと受け入れてくれたのはいつぶりだったか。
「ありがとう」
嬉しさを素直に表現し、心が温かい気持ちになった。めぐむの言葉は常に私にとっては新鮮で、私には経験したことのないみんなの当たり前を分けてくれる様な、そんな心地の良い言葉だった。
コンコン
「冬〜、さっきね、優ちゃんと話したんだけど、24日に優ちゃんファミリーと集まることになったわよ。お父さんも都合がいいらしいから久しぶりにみんなでバーベキューいきましょ。」
「私、不参加で。」
「そんなこと言わないの。優ちゃんも会いたがってるから。冬と同じ歳の息子さんも来るらしいからね。そういうことでよろしく〜」
私に有無を言わせるまいと逃げるかの様に逃げていく母親。まあ、当日熱が出たでも言って休もう。まだ十日以上先のことだし先のことはどうにかなるまい。
そんな十日はあっという間の過ぎていった。
「冬ーもう昼よ。いつまで寝てるの。」
ああ、眠い。今何時だ。もう十二時か。完全に寝過ぎた。最近朝起きれない。どうしたもんか。
寝ぼけながらも階段を降り、いつもの席に座る。
いただきます
そう心で唱え、少し乾いた白米を口に入れる。
「そうそう冬、明日優ちゃんファミリーとバーベキューだからね。覚えてるわよね。」
「ああ、私行かない。」
「そう言わないで。明日行くところね、夕方から夜にかけて星が綺麗なんだって。ここらへんではなかなか星なんて見てないでしょ。昔、冬が星が好きだって言ってたじゃない。この話内緒だけど冬を連れて行ったら喜ぶんじゃないかってお父さんがこの場所選んだのよ。帰りたくなったら、電車も近くに通ってるしすぐ帰れるから行ってみるだけ行ってみない?」
「わかった。行くよ。」
お父さんなりの誠意なのだろうか。そんなものが少しだけ見えてきた様な気がしてなんだかむず痒い。だけど決して嫌ではなかった。
当日。ギラギラと輝く太陽の光が眩しいぐらいに辺りを照らしている。朝早くに起きて電車に揺られること約一時間半ようやくして着いた。
「あきちゃ〜〜〜ん!!!」
そう、遠くから聞こえてきたのは間違いなく優ちゃんの声。
「優ちゃ〜〜〜ん!」
あんたらは女子高生か。四十うん歳のおばさんが広場で抱き合っている。
「お久しぶりですねー准さん、冬ちゃん。」
そう話すのは優ちゃんの旦那さん、玄さんだ。優ちゃんを仕留めただけあるイケメンっぷりだ。
「おお、お久しぶりです。元気でしたか。」
玄さんと父さんは会ったら話が止まらない系の仲の良さだ。
玄さんの横には一人の好青年がいる。彼が多分優ちゃんと玄さんの子供だろう。
「おじさん、あきこさん、お久しぶりです。愛です。」
さらっと挨拶する彼はそこらへんには居そうにないほどの整った顔立ちをしている。
「あら、愛くん? 久しぶりね。この前までこんなに小さかったのにこんなに大きくなったなんて。さすが優ちゃんと玄さんの息子、小さかった頃は可愛かったけど今はすごくかっこいいわ。モテてるでしょう。」
「いえいえ。モテてなんかいませんよ。」
くしゃりとした笑顔で返すその顔に惚れ込んだかの様な母さん。人を外見で決めるなんて何事だ。
「ほら冬、挨拶しなさい。」
ああ、こういうのは苦手だ。
「冬です。お久しぶりです。」
適当な挨拶。それでよかった。
「冬ちゃん。お久しぶりね。私のこと覚えてる?」
「優ちゃん、もちろん覚えてるよ。」
「ああ可愛い。」
そう言いながらギュッと抱きしめられた。抱きしめられたその腕の中にはほんのり甘い柔軟剤の香りと温かい温もりがあった。
「冬ちゃん久しぶりだね。大きくなったなあ」
そう優しい笑顔で話す玄さんに笑みだけ作る。
「さあそれじゃあはじめましょうか!」
優ちゃんの元気のいい声と共にバーベキューという名の親睦会が始まった。
芝生広場には小さな子供から大人のカップルまで、ピクニックをしたり置いてあるテーブルでパーティーをしたり様々な人たちで賑わっていた。
優ちゃんや母さんの元を離れ、私は大きな木の下の日陰に佇んだ。みんなできゃっきゃするのは嫌いだ。一人で自分の世界の中に篭っていたい。そんなことを考えながら小さな子供の懸命に走る姿をただ、見ていた。
「隣いい?」
そう尋ねる人物は、優ちゃんだった。
「お好きにどうぞ。」
「ふふ、冬ちゃんらしい返しね。」
「何それ。笑」
『私らしい』なんてものは本当に存在するのだろうか。少なくとも私には見えない。私である本人だからだろうか。
「どうしたの、優ちゃん。」
私に尋ねてくるなんて何かあったのだろうか。
「ううん。隣に居たいだけ。」
春風が吹いている。目には見えない琥珀等の様な欠片が小さく輝いて、眩しいほどの美しさを放つ。そんな小さな欠片で出来た世界はあまりにも眩しくて、時には目を塞ぎたくなる。
「この前ね、あきちゃんと一緒に出かけたの。そしたら冬ちゃんのこと耳にして。ほら、愛いるでしょ? あの子も自分の世界で何かと戦っているように私からは見えて、私と玄にも時々わからないくらい本人だけに見えている何かに苦しんでいるのよ。冬ちゃんにどうして欲しいとかはないんだけど、冬ちゃんと愛は境遇が似てる様な気がしたから。何か冬ちゃんの悩みとか葛藤の救いになるかもね。愛も冬ちゃんと話したがってたから冬ちゃんさえ良ければお好きにどうぞ。」
「あ、優ちゃんお好きにどうぞ真似したな?」
「はははっ、バレたか。」
私には分からなかった。分かっていなかった。あんな平気そうに笑っている彼が苦しみを抱えているなんて。外見で決めるなんて何事だって上から目線かの様に言っていたけれど本当に外見で判断していたのは私の方なんじゃないのか。
「話したくなったら話しかけてみるよ。ありがと、優ちゃん。」
そうして優ちゃんは母さんのもとへ軽やかなスキップと共に帰って行った。
あれから、父さんが焼いてくれた肉と野菜をこれでもかというほど頬張って心地いいひとときと感じられる時間を過ごした。愛ともたくさん話してお互いを共有しあった。
「冬ちゃん、愛、私たちはもう帰るけど二人はどうする? 今日は空気が澄んでるし直に星が見えるかもだけど。」
「私は、まだ残るよ。星見たい。」
愛がここに残るとしても帰るとしても私はまだここにいたかった。澄んだこの空間にまだ身を置きたかった。
「僕も残るよ。冬ちゃんともまだ話足りないし久しぶりに星みたい。」
「分かったわ。二人とも残るってあきちゃんに話しておくわね。」
「母さんたち、気をつけて帰ってね。父さんもおじさんもお酒飲んでたから心配だな。」
「大丈夫よ、若いもの同士思う存分話しなさいね。」
「ありがと、母さん。」
「優ちゃん、ありがとう。」
「じゃあ、楽しんで。」
そう言って遠くへ消えて行った優ちゃんを眺めながら、辺りにはもう愛と私しかいないことに気付く。
「何か飲む?」
暫くしてそう聞いてきた愛に私は
「ミルクティーがいい。」
と呟いた。そして愛はすぐ近くにある自販機の方へ進んでいった。
「ロイヤルだよ。」
「はは、ロイヤルミルクティー好き。ありがと。」
そう伝えると共にプシュッと缶の音が弾けた。
「愛は何にしたの?」
隣に座ってくる愛にそう尋ねる。
「水だよ。ミネラルウォーター。」
「自販機で水買う人なかなか見ない。」
「そうかな。」
「私が人と接してないからだけかもしれないけど。」
「そうかもね。意外にいるもんだよ、水好きの人って。」
「そうかもねって言うな! その水好きに愛はいるの?」
知りたかった。愛の好きなこと一つでも。
「さあね。」
うまく透かされた愛の言葉は不可思議にも嫌ではなかった。
「冬ちゃんさっき、Twitterしてるって言ってたでしょ。唯一してることって何をしてるの。」
「うーん。人命救助? 的なとこかな。」
「何それ。笑」
「これだよ、ほら。」
言葉で説明するのは好きじゃない。だからスマホの画面を見せた。
「危ない、とか、変な人に絡まれないようにね、とか言わないでね。」
私はこの人には言われたくなかった。表面だけで見る偏見なんてものを信じて欲しくなかった。
その瞬間、愛が一瞬だけ動揺したように見えた。
「そっか。言わないよそんなこと。立派な人命救助だ。Twitterだからこその冬ちゃん言葉や心に救われている人沢山いるだろうな。」
まるで自分が経験しているかのような言い回しだった。偏見なんてものに惑わされてばかりの人達の中で私の言う事をまっすぐに信じてくれる。なんて貴方は包容力のある人なんだろう。この人の心の海はどこまで寛大で大きくて自由なものなんだろう。そんな事を自然に思った。
あれから自然と時は流れ平凡でくだらない退屈な日々が続いた。もう1週間は外に出てない。
外の空気を吸おうと自転車に足を掛ける。
爽快だ
爽快だ
出てくるのはこの言葉だけ。爽快な風に身を委ねながらかっ飛ばしていると久々に目にする踏切の姿があった。
あそこを突っ走れば私は無かった事になるのだろうか。
単純な思考の赴くままに足で漕ぐ。
カンカンカンカンカンカンカンカン
いいぞそのままだ。
「、、、、冬ちゃん!!!!」
声がした。私を呼んだ声がした。私を呼んだ。
はっと蘇る感覚で重い頭をハッと巡らす。
「、、っ、愛くん、、どうして此処に居るの。」
居たのは他の誰でもない愛くんだった。なぜこんな無様な姿を見られなければならないんだろう。
「死のうとしてた、?」
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