さつきの花が咲く夜に
「これは捺印がなくて、こっちは署名と日付
がありません。それと、ここ。用途の欄が空欄
になってます。いますぐお願いできますか?」
パソコンに向かって何やら原稿を書いていた
らしい妹崎にそう言うと、満留は顔を覗き込む。
すると妹崎は用紙を手に取り、ガリガリと頭
を搔きむしった。
「ちょお、待ってな。あー、これな。出張
……いつやったっけ?」
「さあ、いつなんでしょう?」
旅費の申請書を見ながらそう言った妹崎に
満留は肩を竦める。この感じではいま、書類
の不備を直すのは難しいだろうか?もう一度
出直すべきかも知れない。そう思いながらも、
ガサゴソと引き出しを探り始めた妹崎を横目
で捉え、こっそりとため息を吐く。
「また来る」と伝えたところで、書類が完
璧に直されている確率は低いだろう。
満留はそれとなく、ぐるりと部屋の中を見
渡すと、ぎっしりと数式やら何かの図が書き
込まれた、ホワイトボードに歩み寄った。
そうして、ぽかんと見上げる。
自分は文系で数学や物理など理系のことは
からきしだったが、妹崎の研究する「タイム
マシンの原理」とやらは、未知過ぎてイメー
ジすら湧かない。
満留は、方眼用紙のような図形の窪みに太
陽らしきものが沈み込んでいる奇妙な絵を見
て、首を捻った。
「興味あるか?これはな、時空の曲がりを
二次元の面の凹みとしてわかりやすく表した
図なんや」
ふいに頭の上から声がして、満留は声の
主を見上げる。いつのまに隣に来たのだろ
うか。妹崎が腕を組んで立っている。
「……時空の曲がり、ですか?」
そう説明されても訳がわからず、満留は
さらに首を捻った。
「せや。かの天才物理学者、アルバート・
アインシュタインが明らかにした真実。重力
の正体は時空の曲がりやということを説明し
た一般相対性理論や。この一般相対性理論の
前にアインシュタインが提唱した特殊相対性
理論の方が、タイムマシンの原理なんやけど
な。観測者から見た運動速度が光速に近づく
ほど、時間の流れが遅くなったり、空間が縮
んだりするっちゅう考えや。その理論を下敷
きに研究を進めれば、タイムマシンもタイム
トラベルも空想の産物やなくなる」
得意そうに言って妹崎がにぃ、と肩眉を上
げる。その顔はまるで大好きなおもちゃを見
つけた子供のようで、知らず、満留も頬が緩
んでしまった。そしてつい、気まで緩んでし
まい思ったままを口にしてしまう。
「本当に、実現出来るんでしょうか?タイ
ムマシンなんて。あっ、すみません私ったら」
うっかり、妹崎の研究を否定するようなこ
とを口走ってしまった。が、妹崎は別段気に
する素振りもなく、「信じられへんか?」と、
満留に問いかける。
どう答えるのが正解なのだろう?と迷った
瞬間、リーン、ゴーン♪と三時限目の終わり
を告げるチャイムが鳴った。満留はその音が
鳴りやむのを待って、徐に口を開いた。
がありません。それと、ここ。用途の欄が空欄
になってます。いますぐお願いできますか?」
パソコンに向かって何やら原稿を書いていた
らしい妹崎にそう言うと、満留は顔を覗き込む。
すると妹崎は用紙を手に取り、ガリガリと頭
を搔きむしった。
「ちょお、待ってな。あー、これな。出張
……いつやったっけ?」
「さあ、いつなんでしょう?」
旅費の申請書を見ながらそう言った妹崎に
満留は肩を竦める。この感じではいま、書類
の不備を直すのは難しいだろうか?もう一度
出直すべきかも知れない。そう思いながらも、
ガサゴソと引き出しを探り始めた妹崎を横目
で捉え、こっそりとため息を吐く。
「また来る」と伝えたところで、書類が完
璧に直されている確率は低いだろう。
満留はそれとなく、ぐるりと部屋の中を見
渡すと、ぎっしりと数式やら何かの図が書き
込まれた、ホワイトボードに歩み寄った。
そうして、ぽかんと見上げる。
自分は文系で数学や物理など理系のことは
からきしだったが、妹崎の研究する「タイム
マシンの原理」とやらは、未知過ぎてイメー
ジすら湧かない。
満留は、方眼用紙のような図形の窪みに太
陽らしきものが沈み込んでいる奇妙な絵を見
て、首を捻った。
「興味あるか?これはな、時空の曲がりを
二次元の面の凹みとしてわかりやすく表した
図なんや」
ふいに頭の上から声がして、満留は声の
主を見上げる。いつのまに隣に来たのだろ
うか。妹崎が腕を組んで立っている。
「……時空の曲がり、ですか?」
そう説明されても訳がわからず、満留は
さらに首を捻った。
「せや。かの天才物理学者、アルバート・
アインシュタインが明らかにした真実。重力
の正体は時空の曲がりやということを説明し
た一般相対性理論や。この一般相対性理論の
前にアインシュタインが提唱した特殊相対性
理論の方が、タイムマシンの原理なんやけど
な。観測者から見た運動速度が光速に近づく
ほど、時間の流れが遅くなったり、空間が縮
んだりするっちゅう考えや。その理論を下敷
きに研究を進めれば、タイムマシンもタイム
トラベルも空想の産物やなくなる」
得意そうに言って妹崎がにぃ、と肩眉を上
げる。その顔はまるで大好きなおもちゃを見
つけた子供のようで、知らず、満留も頬が緩
んでしまった。そしてつい、気まで緩んでし
まい思ったままを口にしてしまう。
「本当に、実現出来るんでしょうか?タイ
ムマシンなんて。あっ、すみません私ったら」
うっかり、妹崎の研究を否定するようなこ
とを口走ってしまった。が、妹崎は別段気に
する素振りもなく、「信じられへんか?」と、
満留に問いかける。
どう答えるのが正解なのだろう?と迷った
瞬間、リーン、ゴーン♪と三時限目の終わり
を告げるチャイムが鳴った。満留はその音が
鳴りやむのを待って、徐に口を開いた。