さつきの花が咲く夜に
 そう言って、ふふ、と笑んだ母に、満留は
目を瞬く。母が何を言わんとしているのか、
何となくわかって、満留は小首を傾げた。

 「満留。いま、好きな男の子がいるでしょ
う?」

 単刀直入にそう訊かれ、満留は頬を染める。
 母の勘は凄いなぁ、と、内心脱帽した。

 「いる、ことはいる。けど……片想いだし、
好きになってもらえるとも、思ってないから」

 そう答えて、満留は肩を竦める。
 満留が想いを寄せるその人には、どうやら
好きな人がいるようなのだ。ふわりと、友達
の噂話を聞いただけだけれど……。

 だから、自分から告白しようとか、距離を
縮めようとは思っていない。ただ、心の中に
好きな人がいるだけで毎日が色づき、廊下で
すれ違ったとか、話しかけてくれたとか、
小さな喜びを積み上げるだけで嬉しかった。

 「いまは勉強に専念しなきゃだし、へんに
告白して気まずくなるのもヤダし。だから、
お母さんに『彼氏できたよ』、って報告でき
るのは、まだまだ先かなぁ」

 そんな報告、出来る日が来るのだろうか?
などと、ちょっと悲観しながらそう言うと、
母は「そうなの?」と残念そうに眉を寄せる。
 そうして、テーブルの上で両手を組むと、
真っ直ぐ満留の目を覗き込んだ。

 「満留。人生に訪れるたくさんの出会いと
別れは、すべて必然なの。お父さんとお母さ
んの出会いも、うっかりすると見落としてし
まうような何げないものだったけれど、その
細い糸を手繰り寄せることが出来たから満留
がこの世に生まれてくれて、お母さんの一番
の幸せに繋がった。だから、何げない出会い
を大切にね。出会いは必然、別れも必然。
どんなに相手を大事に想っていても、『死』
というものがある限り、いつか必ず別れがき
てしまうから。『この人大切だな』って思え
る人に出会えたら、迷わず手を伸ばしてね。
きっと、その人が生涯のパートナーや親友に
なった時、出会った意味に気付けると思う。
人生は、後になってからわかることの方が
多いのだから」

 すべてを悟った眼差しが、満留を捉える。
 すべてを悟られているから、満留はその
目を逸らすことが出来なかった。

 父の死を乗り越え、悲しみを乗り越え、
その出会いを胸に生きてきた母の言葉は何
よりも重く、そしてやさしい。

 満留は熱く、喉の奥に込み上げてきたもの
を無理やり飲み込むと、「わかった」と微笑
んだ。



 それからほどなくして、満留は好きな男の
子に想いを伝えたが、返事はやはり想像して
いた通りのものだった。けれど、

 「好きになってくれて、本当にありがとう。
これからも、いままでみたいに僕と話してく
れるかな?」

 困ったように俯きながらも、誠実に満留の
気持ちに彼は応えてくれた。そのやさしさに
『この人との出会いを、大切に出来てよかっ
たな』と思えた満留は、「もちろん」と笑って
頷くことが出来たのだった。
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