さつきの花が咲く夜に
 「……満留」

 さまざまなことを思い起こしながら、ブラ
インドの隙間を覗いていた満留の耳に、ふと、
か細い声が届いた。はっとしてその声に振り
向けば、母が目を開けている。

 「お母さん、起きた?」

 閉じていたブラインドの紐を引き、陽光を
部屋に導くと、満留は母の傍らに腰掛けた。

 そうして、顔を覗く。
 痛み留めのせいだろうか?
 このごろはこうして長い時間、母はうつら
うつらとしていて、目覚めてもまだ夢の中に
いるような、茫洋とした顔をしている。満留
はそのことに嫌な予感を覚えながらも、それ
を振り払うように明るく声を掛けた。

 「何か水分取ろうか?冷たいお水がいい?」

 そう訊ねるも、母は力なく首を横に振る。
 その仕草に困ったような表情を浮かべると、
満留は「じゃあ」と言葉を続けた。

 「レモン味の氷を舐めてみようか?口の中
がさっぱりするよ」

 「……そうねぇ、じゃあ、ひとつだけ貰お
うかな」

 ようやく、そう言って微笑んでくれた母に
頷くと、満留は部屋の冷凍庫からカップに入
った“かちわり氷”を持ってきた。レモンの絵
柄と共に、「ビタミンC配合」と書かれた蓋
を剥せば、ちょうど口に入りやすい大きさ
の氷がゴロゴロと入っている。満留はそれを
ひとつだけスプーンに載せると、母の口元に
近づけた。小さく開いた母の口に氷を入れる。

 「……冷たい」

 そう言って母が微笑むと、満留の心はほん
の少しだけ軽くなった。

 「まだまだ、たくさんあるから。ひとつと
言わず、ぜんぶ食べてもいいんだからね」

 カップの中の氷を見せると、母はじゃあ、
と、もうひとつ氷を口に入れてくれた。

 「美味しい?」

 「うん……美味しい。でも、残りは満留が
食べて。冷たいのが歯に染みるの」

 眉を寄せながら母が言うので、満留は仕方
なくそれを横にあるテレビ台のスライドテー
ブルに置いた。そうして、折ったばかりの
お守りを手に取ると、それを母に見せた。

 「これね、折り紙でお守り作ったの。可愛
いでしょう?」

 掌に載せた三つのお守りは、赤、青、黄色
の花柄で、それぞれにちがった小花が散って
いる。丁寧に折り込まれたそれに刺繍糸を通
して結べば、温かみのある手作りのお守りが
完成するだろう。

 「とっても可愛い。満留は本当に折り紙が
上手ねぇ……折り紙博士みたい」

 お守りを手に、母がやんわりと目を細める。
 子供のころから幾度となく聞いてきたその
言葉に、満留はにっこりと笑った。

 「これをね、百個作るつもりなの。それで、
出来上がったらベッドの枕元に結ぼうと思っ
ているんだけど……どうかなぁ?看護婦さん、
びっくりするかな?」

 ヘッドボードの部分にある、把手のような
細長い穴にお守りをかざして、小首を傾げる。
すると母は、「どうかなぁ」と呟いたかと
思うと、唐突に思いも寄らぬことを口にした。
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