さつきの花が咲く夜に
「ねぇ、満留。最近……何かいいコト
あった?」
なんの脈絡もなく。
突然母がそんなことを訊くので、満留は
一瞬、「え?」と、表情を止めてしまった。
いいコト、というのは恋愛絡みのいいコト
を指して言っているのだろうか?どうして、
急にそんな話になるのだろう???
いまは、お守りの話をしているというのに。
戸惑いを隠せないまま、満留が首を傾げる
と、母は茶目っ気のある眼差しを向けた。
「このごろね……ちょっとだけ満留が元気
な気がするから。もしかして、と思って」
その言葉に、満留は目を瞠る。
ちょっとだけ元気な気がする、と母が言う
のなら、本当にそうなのかも知れない。
満留は、今日の夜も会うに違いない満の顔
と、なぜか、ぽわん、と同時に頭に浮かんで
しまった妹崎の顔を思い出すと、観念したよ
うに「まあ」と口にした。
満とは、あれから毎晩、あの中庭で会って
いた。と言っても、洗濯機を回してからそれ
が止まるまでの、四十分ほどだったけれど。
いつも同じベンチに座り、丸るいお握りを
食べながら彼と過ごす時間は、まるでマイナ
スイオンのようにやさしくて……。時に、
不安に押しつぶされそうになりながら涙ぐむ
満留を、満は年下とは思えない包容力で支え
てくれていた。
そうして、なぜか妹崎の顔が頭に浮かんで
しまったのは、あの日のことがあるからなの
だろう。
「ええやんか、笑えば」
そう言ってくれた彼の眼差しは存外にやさ
しく、それからも満留を見かける度に声を掛
けてくれている。もちろん、二人の間に職員
と教員以上の何かがあるわけではないと思う
けれど……。
辛いときに、やさしい気持ちを向けてもら
えるだけで、なんだか救われるような心地に
なっていた。
じっと、自分を見つめる母に気付き、満留
は目を瞬く。
――さて、どちらのことを話そうか?
まさか頭に浮かぶ人が二人いる、なんて白
状する訳にもいかない。満留は数秒思案する
と、『恋愛』というニュアンスからは程遠い、
満のことを口にした。
「実はね、お友達が出来たの」
「……お友達?」
「そう。病院の中庭で夜ご飯食べてる時に
たまたま知り合ったんだけど……」
そこまで話すと母は頷いて、興味深そうに
耳を傾けた。
「もしかして……男の人???」
あまりに、ストレートな質問に思わず満留
は失笑する。いわゆる、恋バナを期待してい
るのだろう。満留は「うーん」と呻りながら
首を傾げて見せると、ゆるりと首を振った。
「男の人……というよりも、男の子かな。
九つも下の、高校生なの」
「高校生?」
「うん。確か、高校三年生って言ってた」
「……そう。東高の子かしら?」
相手が高校生と知っても、母の笑みは損な
われることなく、満留の顔を穴が開くほど見
つめている。