さつきの花が咲く夜に
 満留はなんだか恥ずかしくなってしまって、
手にしていたお守りで鼻先を隠した。スン、
と紙の匂いを嗅ぎながら視線を泳がせる。

 と、母は「どんな子なの?」と、さらに質問
を投げかけてくる。満留はその問いに、「泣け
ばいいよ」とハンカチを差し出してくれた満を
思い浮かべながら言った。

 「どんな子……どんな子だろう?うーん……
やさしくて、大人びてて、なのに、時々、消え
ちゃいそうなくらい、寂しそうな顔をする子。
なんかね、ご両親と上手くいっていないみたい。
だからかな。なんだか、傍にいてあげたいよう
な、そんな気持ちになるんだ」

 そう言えば、まだあのハンカチを返してい
なかったことを思い出す。洗濯したまま、
「ありがとう」とそれだけを返すのも素っ気
ない気がして、鞄に入れたままだった。

 「そう。やさしい子なの……」

 息を吐き出すように母が言うので、満留は
母の顔を覗く。そして、ふと思うことがあっ
て表情を曇らせると、僅かに俯いて言った。

 「ごめんなさい。私ったら……お母さんが
大変な時に、男の子と会ったりして……」

 ほんのひと時とは言え、癒しを求めて彼に
会い、その時間を楽しみにしている自分に気
付き、罪悪感に苛まれる。決して、その間
も母のことを忘れている訳ではないけれど。

 母の元に戻らなければと思うのに、「もう
少し彼と話していたい」と、思ってしまう
自分もいた。そんな胸の内まで口にせずとも、
顔に書いてあるのだろう。

 母は手を伸ばして満留の頬に触れると、
「馬鹿ねぇ」と言った。

 「いつも言ってるでしょう?出会いは必然、
別れも必然。だから、何げない出会いを大切
にして欲しい、って。……満留がお母さんの
ことどれだけ大事に想ってくれてるかなんて、
お母さんがいっちばんよく知ってるんだから。
だから、そんなつまらないこと考えないで。
その子に、会いに行って来て。もしかしたら、
その男の子が満留の一生のお友達になるかも
知れないでしょう?」

 ブラインドの隙間から射し込むやわらかな
陽だまりの中で、母がふわりと笑う。満留は
泣きそうになりながら小さく頷くと、頬に
触れる母の手に自分の掌を重ねた。

 うっすらと痣の残る母の手は、それでも、
しっかりと体温を湛えたまま、生きている。

 その温もりにほっとして笑みを浮かべると、
母は眩しそうに目を細めた。

 そうして、細く、長く、息を吐き出す。
 顔に装着している経鼻酸素カニューレを
指先でそっとずらすと、母は突然、力を振り
絞るようにして、肘で身体を起こした。

 「お母さん?どうしたの急に」

 満留は慌てて母の背に手を添えると、電動
ベッドのリモコンを押して座れるように上半
身部分を起こした。母がベッドから自力で身
体を起こすのは久しぶりで、嬉しいはずなの
に、なぜか戸惑いの方が勝ってしまう。
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