さつきの花が咲く夜に
 そう思えば居ても立っても居られず、満留
は立ち上がってトートバッグの中から筒状の
缶と、白いプラスチック製のシェーカーを取
り出す。そしてくるりと振り返ってそれを母
に見せると、満留は祈るような想いで言った。

 「じゃあお母さん、ご飯が食べられない代
わりに、コレ飲んでみない?栄養療法を指導
しているお医者さんからお取り寄せしたんだ
けどね、大豆たんぱく質のパウダー。これは
大豆の加工食品だからまったく副作用がない
の。高品質で吸収率が高いから、豆乳に混ぜ
て飲むだけで栄養がたくさん摂れるし、体力
もつくんだって」

 「……ねぇ、満留」

 「その先生のサイトに書いてあったんだけ
どね、ご飯が食べられなくて痩せてしまうと
筋肉量も落ちて全身のたんぱく質が減っちゃ
うらしいの。たんぱく質は身体の組織や免疫
力にかかわる大事な栄養素だから、少なくな
ると免疫機能が低下して病気が進んでしまう
って書いてあったの。だから、食事から摂れ
ないなら」

 「まーるっ」

 母の言葉を遮って健康補助食品の素晴らし
さを捲くし立てる満留に、母は憂いを含んだ
眼差しを向けている。その母に、満留は次に
くる言葉を予測しながら「なに?」と問い
かけた。

 「高かったんじゃないの?それ……」

 やはり、母の口から出てきた言葉は予想通
りのもので、満留は一瞬言葉に詰まってしま
う。けれど、認めることは出来ない。

 こうしている間も、がん細胞が母の身体の
中で広がっているかも知れないのだ。ならば、
それを食い止めるためにも、何とかして体力
を付けないと。じっと自分を見つめる母親に、
満留はふるふると首を振って見せた。

 「ぜんぜん高くないよ、こんなの。これで
お母さんの病気が治るなら……ちっとも高く
ない」

 途中で言葉が途切れたのは、声が震えてし
まいそうになったからだった。油断すると、
ぽろりと涙が零れ落ちてしまいそうで、満留
は唇をきつく噛みしめる。そんな満留に母が
手を伸ばすので、満留はその手を握り椅子に
腰かけた。

 「……ねぇ、満留。あまりお母さんのため
に、お金を使わないで。ついこの間、ビタミ
ン剤を買ったばかりでしょう?」

 諭すように母がそう言うので、満留は渋々
と頷く。

 『がんを抑制する』という謳い文句のある
健康補助食品を、この数カ月の間にいくら買
い漁ったことだろう。モズクやワカメなどの
海藻に含まれる滑り成分を錠剤にしたものや、
免疫力を上げるというビタミン剤、抗酸化機
能を助けるという蜂蜜のソフトカプセル。
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