さつきの花が咲く夜に
 「ねぇ、満くん。私に何かお手伝いできる
ことある?」

 隣から覗き込むようにして訊くと、満はリ
ビングを振り返り、「いや」と首を振った。

 「ないな。カレーしか作ってないから運ぶ
手間もないんだ。あ、テーブルだけ拭いても
らえるかな?台ふきんは、そこにある」

 お玉を手に持ったまま、流しの横に置いて
ある台ふきんを顎で指し示すので、満留は、
「はい」と返事をしてそれを水で灌ぐ。固く
絞った台ふきんで大きなダイニングテーブル
を拭き終えると、満留はやることがなくなり
仕方なく椅子に腰かけた。

 そうしてキッチンに立つ、満の背中を見る。
 大量のカレーが中々温まらないのか、火力
を強くして、またお玉でかき混ぜている。

 満留は何となく手持無沙汰からトートバッ
グの中を覗くと、財布を取り出した。長財布
の札入れ部分を見れば、病院でパンを買った
レシートが二枚、残っている。

 それをテーブルに置くと一枚を手に取り、
満留は折り紙を始めた。


 レシートを縦半分に折り、一度開いて真ん
中の線に両端を三角に折り込む。反対側も
同じように折って、三角の頂点を合わせ半分
に折る。さらに(くちばし)になる部分を折り込み、形
を整えれば水辺の妖怪、河童(カッパ)の出来上がりだ。

 満留はバッグの中の手帳からペンを取り出
すと、出来上がった河童に可愛いらしい目と
頭の皿を書き込んだ。ふふ、と出来上がった
河童を見て笑みを浮かべると、続けてお得意
のポロシャツを折り始める。

 例え折り紙そのものがなくても、レシート
や紙ナプキン、新聞紙、トイレットペーパー
があれば、満留はいつでも、どこでも折り紙
を愉しむことが出来るのだった。満留はもう
一枚のレシートを縦半分に折ると、今度はそ
れをさらに半分に折って折り目をつけた。

 続けて、襟になる部分を器用に折り込んで
ゆく。最後に身頃になる部分を裏返せば、あ
っという間にポロシャツが完成した。

 満留はにんまり笑ってそれを河童の隣に並
べると、頬杖をついてキッチンに目を向けた。

 ちょうどその時、皿に盛ったカレーを手に
満がダイニングテーブルの向かい側に立つ。

 そしてすぐに完成したばかりの作品たちに
目を留めた。

 「おまたせ。……ん?なにコレ。アヒル?」

 満留の前にカレーとスプーンを並べながら、
満が首を捻る。レシートで折った小さな作品
を掌に載せた満に、満留は「ちがーう」と、
口を尖らせた。

 「河童だよ。頭にちゃんとお皿が書いてあ
るでしょ?」

 「ああ、河童かぁ。こっちはワイシャツ?」

 「ううん。ポロシャツ」

 「似たようなもんじゃん」

 「ネクタイがないでしょ?ワイシャツは折り
方が違うの。これは(れっき)としたポロシャツ」

 「へぇ、器用なもんだな。レシートでこん
なのが作れるんだ」

 「うん。私ね、子供のころから折り紙が大
好きなんだ。コレは、カレーをご馳走になる
から満くんにお礼と思って」
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