さつきの花が咲く夜に
 「でも、いったいどうすれば……」

 ひとり呟いて、満留は唇を噛みしめる。


――どうしても満に会いたい。


 この気持ちがどういうものなのか、自分で
も説明できないけれど……。

 『親に愛されてないかも知れない』

 そう、寂しげに呟いた満の傍に、いてやり
たかった。そして出来ることなら、満に絡み
つく孤独の糸を、断ち切ってあげたかった。

 満留は一点を見つめたまま、じっと考える。
 手掛かりは『満』という名と、家が『火事』
にあったということ。

 『東高の子かしら?』

 そう言った母の声が耳に甦ったけれど……。
 その高校に足を運んだところで、個人情報保
護法の壁に阻まれてしまい、彼を探し当てる
のは難しいだろう。

 だとすると……。
 満留はある可能性を考え、顔を上げる。
 それは、見つかるかどうかもわからない
小さな可能性だったけれど、いまできること
はそれしかないと思えた。


――待ってて、満くん。


 心の内でそう呟くと、満留は強い眼差しを
夜空に向けた。







 翌日。
 家から自転車で十分ほどの、市立図書館の
自動ドアをくぐると、満留はカウンターの前
に立った。そして、貸し出しを終えたばかり
の司書に声をかける。この図書館で本を借り
たことは何度かあるけれど、永年保存された
新聞を閲覧させてもらうのは初めてだった。

 その旨を司書の女性に告げると、「はい」
と、にこやかな笑みが返された。

 「当館では全国紙の夕陽新聞なら明治十五
年分から、地方紙の京日新聞なら明治二十八
年分から所蔵しています。マイクロフィルム
を観ていただくことになるので二階のマイク
ロリーダー室へ行って、係員に声を掛けてく
ださい」

 「わかりました。ありがとうございます」

 司書の丁寧な説明にぺこりと頭を下げると、
満留は階段で二階へと上がった。




 「はいはい、過去二十年分の京日新聞ね。
いまフィルムを持ってきますので、そちらに
掛けてお待ちください」

 二階のマイクロリーダー室に足を踏み入れ
ると、すぐに白髪頭の男性が閲覧コーナーへ
案内してくれた。満留は壁側に三台あるブラ
ウン管のパソコンのような機械の前に座ると、
ぐるりと室内を見回した。中央には歴史や郷
土資料の蔵書がずらりと並んでいるが、利用
者はほとんどいない。それほど広くはない
部屋に窓はなく、蛍光灯の灯りがやけに白く
室内を照らしている。

 しばらくすると、黒いプラスチックのリー
ルに巻かれたマイクロフィルムをいくつか手
に持って、男性が戻ってきた。

 「一度に二十年分を観るのは無理だろうか
ら、まずはコレ。五年分ね」

 足元のカゴにそれを積み重ねる。

 「ありがとうございます」

 初めて見るマイクロフィルムにどきどきし
ながら礼を言うと、その男性はにこりと頷い
てフィルムをセットしてくれた。
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