さつきの花が咲く夜に
第八章:インナーチャイルド
翌日の月曜。
忌引休暇が明けて仕事に復帰すると、少し
ばかり業務のペースについてゆくのが辛かった。
「こちらが氏名と住所変更の書類になりま
す。必要書類は、ええと……学生氏名と本籍
地が記載されている住民票を一通添えて提出
してください」
「戸籍謄本じゃなくて、住民票でいいで
すか?」
満留の説明に女子生徒が顔を覗く。
一瞬、不安になってパラパラと手元にある
マニュアルをめくっていると、
「住民票で大丈夫ですよ」
と、門脇が後ろから助け舟を出してくれた。
ほっとしたように頷いて、女子生徒が書類
を手に去ってゆく。たった一週間休んだだけ
だというのに、まだ感覚が戻っていないのか、
サクサクと業務をこなすのが難しい。
「ありがとうございます、門脇さん」
「いやいや。まだ体力的にも気持ち的にも
しんどいだろうからね。のんびりペースを取
り戻せばいいよ」
そう言ってにこりと笑ってくれる門脇に、
満留は申し訳ない気持ちになってしまった。
今週末は京友祭があることもあり、教務課
は何かと慌ただしい。窓口は休み時間になる
たびに混み合うし、問い合わせメールや電話
の本数も増えている。今日も朝からドタバタ
していて、気付けば定時だ。
無事に学園祭を終えるまではこんな日々が
続くだろう。
「それはそうとさ」
「はい?」
窓口業務が終わり、ガラス窓を閉めていた
満留に、門脇は書類が入ったクリアファイル
を両手に持って見せた。
「もし、桜井さんの手が空いてるならコレ、
妹崎先生のところに届けて欲しいんだけど、
いいかな?」
「……またですか?」
「またですよ。書籍の発注票は印鑑抜けて
るし、物品購入申請書は理由書が不足してる」
やれやれ、と肩を竦めながらもなぜか口元
に笑みを浮かべている門脇からそれを受け取る。
母を看取ったいま、満留に急いで帰る理由
もなければ、中庭で自分を待つ人もいない。
――それに。
満留は朗笑するとクリアファイルを受け取
った。
「わかりました。いますぐ行って来ますね。
その前に、ちょっと門脇さんに訊きたいこと
があるんですけど、いいですか?」
「ん?なになに」
訊きたいことがあると言った満留に、門脇
が屈んで耳を寄せる。満留はその所作に目を
細めると、他の四人に訊いたことと同じ質問
を門脇にしたのだった。
――准教授 妹崎 紫暢
この名が記された白いドアの前に立つのは、
これで何度目だろうか?
満留は摺りガラス越しに部屋の灯りがつい
ていることを確認すると、息を整え、ドアを
ノックした。
――コン、コン、コン。
すぐに「ほい」と、いつもの軽やかな声が
聞こえて、満留はゆっくりとドアを開ける。
すると、妹崎は本棚に収まりきらずにその
棚の前に積み上げられている書籍を跨ぐよう
にして、丸椅子に腰かけていた。
忌引休暇が明けて仕事に復帰すると、少し
ばかり業務のペースについてゆくのが辛かった。
「こちらが氏名と住所変更の書類になりま
す。必要書類は、ええと……学生氏名と本籍
地が記載されている住民票を一通添えて提出
してください」
「戸籍謄本じゃなくて、住民票でいいで
すか?」
満留の説明に女子生徒が顔を覗く。
一瞬、不安になってパラパラと手元にある
マニュアルをめくっていると、
「住民票で大丈夫ですよ」
と、門脇が後ろから助け舟を出してくれた。
ほっとしたように頷いて、女子生徒が書類
を手に去ってゆく。たった一週間休んだだけ
だというのに、まだ感覚が戻っていないのか、
サクサクと業務をこなすのが難しい。
「ありがとうございます、門脇さん」
「いやいや。まだ体力的にも気持ち的にも
しんどいだろうからね。のんびりペースを取
り戻せばいいよ」
そう言ってにこりと笑ってくれる門脇に、
満留は申し訳ない気持ちになってしまった。
今週末は京友祭があることもあり、教務課
は何かと慌ただしい。窓口は休み時間になる
たびに混み合うし、問い合わせメールや電話
の本数も増えている。今日も朝からドタバタ
していて、気付けば定時だ。
無事に学園祭を終えるまではこんな日々が
続くだろう。
「それはそうとさ」
「はい?」
窓口業務が終わり、ガラス窓を閉めていた
満留に、門脇は書類が入ったクリアファイル
を両手に持って見せた。
「もし、桜井さんの手が空いてるならコレ、
妹崎先生のところに届けて欲しいんだけど、
いいかな?」
「……またですか?」
「またですよ。書籍の発注票は印鑑抜けて
るし、物品購入申請書は理由書が不足してる」
やれやれ、と肩を竦めながらもなぜか口元
に笑みを浮かべている門脇からそれを受け取る。
母を看取ったいま、満留に急いで帰る理由
もなければ、中庭で自分を待つ人もいない。
――それに。
満留は朗笑するとクリアファイルを受け取
った。
「わかりました。いますぐ行って来ますね。
その前に、ちょっと門脇さんに訊きたいこと
があるんですけど、いいですか?」
「ん?なになに」
訊きたいことがあると言った満留に、門脇
が屈んで耳を寄せる。満留はその所作に目を
細めると、他の四人に訊いたことと同じ質問
を門脇にしたのだった。
――准教授 妹崎 紫暢
この名が記された白いドアの前に立つのは、
これで何度目だろうか?
満留は摺りガラス越しに部屋の灯りがつい
ていることを確認すると、息を整え、ドアを
ノックした。
――コン、コン、コン。
すぐに「ほい」と、いつもの軽やかな声が
聞こえて、満留はゆっくりとドアを開ける。
すると、妹崎は本棚に収まりきらずにその
棚の前に積み上げられている書籍を跨ぐよう
にして、丸椅子に腰かけていた。