初恋の人
翌朝、康史と結愛がいつもの道を歩いていると「そうそう」と言って康史が足を止めた。そしてスーツのポケットから小さい紙袋を取り出し、結愛に差し出した。

「何?」

「開けてごらん」

袋を開けた結愛の顔が、ぱあっと明るくなった。

「康ちゃんありがとう! ふたつも入ってるー!」

結愛は、袋から取り出した二本のピンクのクレパスを握りしめて目を輝かせていた。


そんな結愛は、思春期を迎えても相変わらず康史にベッタリで、母親の美智子も首を傾げる程だった。

中学生になった結愛は、その日も仕事帰りの康史をつかまえて勉強を見てもらっていた。

「結愛、康ちゃん仕事で疲れてるんだから、もう終わりにしなさい」

美智子はそう言ってから、「いつもごめんね」と康史に謝った。

「俺は構いませんよ」

康史の言葉を耳にすると、「ほらーぁ」と結愛はにんまりと笑った。
 
「結愛は小さい時から『康ちゃん康ちゃん』って、俺より康史ばかりに懐いてたからな」

言ってから、結愛の父――春樹は、ガハハハと豪快に笑って手招きした。

「康史、晩飯食べて行くんだろ? こっち座って一緒に飲もう。康史はうちの息子も同然だからなあ」

「いつもすみません」

康史がお決まりの言葉を口にした。

「私から幸代さんに電話しとくわ。まあうちで食べても、帰って食べても、今日は同じメニューよ。だって幸代さんと一緒に買い物に行って決めたもん」

今度は美智子がケラケラと笑った。
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