憑かれた僕が彼女を助けるまでの備忘録
「も。もう、帰ってもらってもいいです」

 僕はうつむき、手で向こう側の歩道をさした。彼女の反応が怖くてそのまま回れ右をして帰ろうと思った。

「あ! ねぇねー、いたぁ!」

 ふいに小さな女の子の声が聞こえた。ふり返って見ると、七、八歳の少女がイロハを見て手を振っている。もう片方の手には白いぬいぐるみを抱えていた。

「小春~、危ないよー」

 ……あ。あれが妹か。

 車の行列がまばらになったとき、一台の乗用車が減速して停止線で止まった。運転手はイロハの存在に気づき、渡るよう促している。会釈をして渡る彼女を見届けた。これでもう大丈夫だ。

 ようやくあるき去ろうとしたとき、「わ」と声が聞こえた。妹が何かに蹴躓(けつまづ)いたようだった。

 転んだ妹の手から白いぬいぐるみが離れた。横断歩道の中程に落ちるのを見て、妹は弾かれたように飛び出した。

 うそだろ!?

「小春! だめっ!」

 走り出す妹を止めるため、イロハが手を伸ばし少女を引き寄せようとする。

 数メートル先に赤い乗用車が迫っていた。あのスピードじゃ間に合わない。

 ほとんど無意識だった。いや、こういうのを無我夢中というのだろうか。
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