憑かれた僕が彼女を助けるまでの備忘録
 肩を軽く叩かれたのでふり返る。僕は彼女を見て、あっと息をのんだ。

 白いコック帽をかぶった職人さんに、確かな見覚えがあった。丸い黒目が印象的で小顔の彼女だ。白いコックコートには“三島”と印刷された名札が付いていた。

 あれからちゃんと夢を叶えてパティシエになったのだな、とどこか感慨深い気持ちになった。

「えと。お、お久しぶりです。イロハさん」

 三島彩羽本人に違いないが、目の前にいる彼女はあの事故で死ななかった方のイロハだ。僕はじゃっかん緊張しながら会釈をした。

 結果的に、彼女からお礼を言われたものの、それまでのやりとりを思い出すと、僕は不審者一色だったのだ。恥ずかしいことこの上ない。

 彼女が僕を見上げたまま、「ぷっ」と吹き出した。

「元気そうだね?」

「はい、まぁ」

「あれから何度か電話しようと思ったんだけどさ。……できなくて。四年も経っちゃったよ」

 彼女は長いまつげを伏せて寂しそうに言ったが、僕はわけが分からず、「はい?」と首を傾げた。

「えぇと……。番号とか、教えてないですよね?」

 それどころか、名前すら名乗っていない。
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