篠崎にて
深夜、山に囲まれた農村に人気は無く街灯の光も微かで、それは当に深淵の様であった。
その無機質な深淵をかきけすかの様に、規則正しい音と2つの光が村を通りすぎると、それを小さな小さな1つの光が追っていった。

この「篠崎行き」の夜行列車には大して人は居らず、1車両にせいぜい5、6人程度であった。その中でも最も人が少ない2両目に、1人の若い女性が座っていた。といっても、その車両には彼女しか居ないのだが…。
若い女は、うなだれているのか、はたまたただ眠いだけなのか定かではないが、死骸の様にじっと座っていた。腕には、小さな白いハンドバックが抱えられており、それが彼女の着ている黒のワンピースと対称的で魅力的にも見えた。
列車が人気の無い田舎を越えた時であろうか、1人の男の老人が2両目にやってきた。老人はかなりの歳の様で、歩くのもままならないのか電車が揺れるたびによろめいていた。かなりの時間をかけて歩くと、老人は若い女の向かいに座った。若い女はというと、老人がここに来てから微動だにしなかったが、老人が向かいの席に座った時だけ少し体を動かしたかの様に見えた。だが、多分それも電車の揺れのせいであろう。感情を無くしたかの様な彼女は、本当に死骸の様にしか見えなかった。
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