熱く甘く溶かして
「……やだなぁ、太っちゃいそう」
「智絵里はガリガリだから、ちょっとくらい太った方がいいよ。やっぱり肉があった方が抱き心地は良いし」
「だ、抱きっ……⁈」
智絵里は恥ずかしそうにオロオロする。だが表情には不安も見て取れる。
過去のことで口には出せない恐怖心だってあるよな。だって知らない間に被害者になっていたんだから……。そんな簡単に心の切り替えなんて出来ないだろう。だからこそ手元に置いて、毎日安心感を与えたいと思った。俺は決して智絵里を傷付けないっていうことを証明したいんだ。
「大丈夫。智絵里のペースでいいから」
「うん……」
「よし、じゃあ引越しといきますか!」
「えっ、ど、どうやって?」
恭介はスマホを取り出すと、誰かに電話をかけ始める。
「もしもし、昨日はお疲れ様でした。松尾さん、今日って暇ですよね? じゃあニ時間後に今から送る住所に車で来てください。はい、よろしくお願いします。じゃあ」
電話を切ると、楽しそうに笑う。
「車ゲット。二時間で準備するぞ」
「松尾さんって先輩でしょ? それなのにそんな扱いしていいの?」
「大丈夫。俺、かなり優秀な後輩だから」
しかし智絵里はどこか不安が抜けない様子だった。
「あの……最寄り駅ってどこ? 私、その……満員電車がちょっと苦手で」
「大丈夫だよ。実は智絵里の会社のもう一つの最寄り駅なんだ。こんなに近くにいたのにって驚いたよ」
なんて偶然だろう。まるで必然かと思うくらい、恭介との再会が智絵里の生活を前進させていく。
「さっ、もう覚悟は決めた?」
「……ちゃんと生活習慣整えてよね。美味しいご飯じゃないと納得しないんだから」
「その点は任せとけ」
頭に乗せられた手が、こんなに頼もしいだなんて知らなかった。