熱く甘く溶かして
 恭介は智絵里の職場の入るオフィスビルの前に立っていた。つい心配になって、残業にならないよう仕事を片付けている俺がいる。

 またストーカーって言われるかな。でも俺が迎えに来ると、すごく嬉しそうな顔をするんだよ。その顔を見るだけで、来て良かったって思う。

 どれだけ智絵里が好きなんだ俺。重症だな。

「あれっ、恭介?」

 その時背後から声が聞こえ、恭介は慌てて振り返る。久しぶりに聞いたその声の主は、二ヶ月前に別れた沙織だった。

「久しぶりじゃない。何? 私のことを待ち伏せしてたとか?」
「……違うよ」

 なんでそういう考えになるのかな。でもそういう女性とわかって付き合っていたじゃないか。だから長く続かなかったわけだけど。

 パーツごとに見れば確かに智絵里と似ているのに、どこを見ても智絵里とは似ても似つかない。

「ふーん……まぁいいけど。ねぇ、今度飲みに行かない? もちろん友達としてだけど。あっ、でも恭介にその気があれば夜まで一緒に過ごしてあげてもいいけど」
「悪いけど遠慮しておくよ。今付き合ってる人がいるし」

 恭介は沙織に背を向けて離れようとした。その態度が面白くなかったのか、沙織は突然大声で話し始める。

「あの噂、本当だったんだ。でも聞いたわよ、私にそっくりらしいじゃない? 二番煎じの彼女を作るくらい、私に未練でもあった?」
「……悪いけど未練があったのは今の彼女の方だよ。やっと付き合えることになったんだ。じゃあな」

 言ってから、自分が最低なことを口走っていると気付き反省する。とりあえず智絵里に見られないように、場所を変えよう。誤解されて今の関係が崩れるのだけは避けたい。

 沙織とは合コンで知り合って付き合った。付き合っているとはいえ、会うのは夜だけ。しかも俺以外にもそういう男がいたんじゃないかと思うほど、沙織のスマホはいつも鳴り続けていた。

 俺も冷めてたけど、あいつだって真剣に付き合ってなかった。だから馬鹿馬鹿しくなって別れた。

 沙織といた三ヶ月より、智絵里と過ごす一ヶ月の方が遥かに幸せだと感じるんだ。

 沙織みたいに何人もの男と関係を持っても、それを何とも思わない人もいれば、智絵里のようにトラウマを抱えて人と関われない人もいる。なんて不条理なんだろう。
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