熱く甘く溶かして
 恭介は昨日から気になりつつも、触れずに来ていたことがあった。

「あのさ、昨日のクラス会の時のことなんだけど……」

 あいつのことを思い出させて、智絵里を不安な気持ちにさせるきがしたから、本当はこのことを話題に出したくなかった。

「俺が口にした言葉って覚えてる?」
「……何か言ったっけ?」

 まぁあの騒動の中のセリフだし、覚えてなくても当然か。このままスルーしてしまおうか……。

『俺たち結婚するんです』

 あいつから智絵里を守るために咄嗟に出た言葉だった。でも俺はそうなるつもりでいたから、違和感はなかった。

 ただ智絵里には寝耳に水の話だったはず。もし俺の決意を伝えたとして、智絵里が受け入れてくれる可能性がどの程度なのか想像が出来ない。拒否される可能性もある。

 恭介が黙っていると、智絵里は無表情のまま彼の鼻を思い切り摘んだ。

「いでっ!」
「言いたいことがあるならはっきり言えばいいでしょ?」
「だからってお前、鼻を摘むって……」

 その時に智絵里の表情が不安そうなことに気が付いた。なんでこんな顔……そう思ってハッとする。

「まさか覚えてた……?」

 智絵里は恭介の胸の上に倒れ込む。

「……あの言葉の本気度ってどの程度だったの?」
 
 智絵里の背中をゆっくり撫でる。きっと覚えてないって勝手に思って、何も言わなかった。そっか、そのことで智絵里を不安にさせてたんだ……。

「本気だったよ。智絵里とこのまま結婚したいと思ってる」
「……じゃあちゃんと言葉にしてよ。思ってるだけじゃ何も伝わらないんだからね」

 恭介は智絵里の肩を掴むと、顔が見えるように体から離す。しかし智絵里は下を向いたまま顔を上げようとしない。

「ごめんってば。だからこっち見てよ」

 恭介に言われ、不機嫌そうに顔を上げたかと思うと、プイッとそっぽを向いてしまう。

 子どもじゃないんだから……つい笑ってします。でもこれが智絵里らしさなんだよな。俺はもうこの沼から抜け出せなくなってる。
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