熱く甘く溶かして
 智絵里がロッカールームに入ると、電話をすると先に受付を出た日比野が、真剣な顔でスマホを見ていた。

 智絵里は邪魔をしないよう、そっとロッカーを開けた。すると日比野が慌てて顔を上げる。

「お疲れ様です。電話は大丈夫でしたか?」
「あっ、うん、大丈夫。ありがとう」
「いえいえ」
「片付けもお願いしちゃってごめんね」
「大した片付けじゃないし、気にしないでください」

 その時日比野の手から化粧ポーチが滑り落ち、中身が散乱した。

「やだっ! ごめんね!」
「手伝います」

 二人で拾っていると、今度は智絵里のスマホが鳴る。恭介からのメールだった。

『これから迎えに行くから、それまでオフィスで待ってて』

 また恭介の心配性かしら。そんなにしなくても大丈夫なのに。

「ありがとう、智絵里ちゃん。篠田くんからメール?」
「そうなんです。なんかオフィスで待つように言われたんですけど……まぁ大丈夫です。日比野さん、今日は急ぎの日ですよね?」

 毎週火曜日は日比野が習い事を入れているらしく、いつも早く帰っていた。

「そうなの〜。ごめんね、お先!」

 慌てて出て行く日比野を見送り、智絵里はオフィスに留まる。しかし社員が帰って行く中、居心地の悪さを感じ、荷物をまとめ始めた。

 恭介の会社からここまで電車で二十分かかる。先ほどのメールが来てから十分しか経っていないため、もう少しかかりそうだった。

 エレベーターを降り、外に向かう。

 元カノのことがあってから、恭介には通りを挟んだ向かいのビルの中で待ってもらうようにしていた。きっと恭介もそこに向かうはず。そう思い、智絵里が通りを渡ろうとした時だった。

「畑山」

 背後から声をかけられた。聞き覚えのあるその声に、智絵里は鳥肌が立つ。
< 83 / 111 >

この作品をシェア

pagetop