熱く甘く溶かして
経緯
 智絵里と恭介も警察の車に乗り、警察署にやってきた。車の中にいる間、二人は一言も話さず、手を繋いでただ寄り添っていた。

 会議室のような大部屋に通された二人は、長テーブルの前に置かれたパイプ椅子に腰掛ける。恭介は智絵里の方を向く。

「智絵里……抱きしめてもいい?」

 智絵里が頷くと、恭介は優しく包み込むように彼女を抱く。恭介に身を預け、智絵里はそっと目を閉じた。

 早川には笑顔で話したものの、智絵里の中での恐怖と不安は消えずに心の中に留まり続けていた。

 もう大丈夫だと思っていた……恭介のおかげで過去のことに出来ると思っていたの。でも実際にあの男と対峙し、あの日に感じた恐怖が蘇ってきたのだ。

 しかもあの男は私を傷付けたことを何とも思っていなかった。当たり前のことのように自分の正当性を唱えた。

 吐き気がする。怒りが収まらなかった。

 恭介はその想いを察し、智絵里が話せるようになるまで、彼女を抱きしめたまま頭を撫で続けていた。

 その時にドアが開く音がして、早川が中に入ってくる。二人は自然と体を離し、歩いて来る早川をみつめた。

 早川は二人の前の席のパイプ椅子に座ると、疲れたような笑顔を向けた。

「二人とも、今日はありがとう。特に畑山、怖い思いをさせて申し訳なかった」

 智絵里は首を横に振ると、思わず恭介の手を握った。それに気付き、恭介も握り返す。

「その前に、畑山のカバンの中をチェックさせてもらっていいか?」
「……カバン?」

 すると恭介が智絵里のカバンを机の上に置くと、中からボイスレコーダーを取り出す。それを見た智絵里が驚いたように目を見開いた。

「智絵里、勝手なことしてごめん……! 日比野さんにお願いして、智絵里のカバンに入れてもらったんだ」

 智絵里の頭に帰りの光景が蘇る。真剣な表情で電話をしていた日比野さん。不自然にばら撒かれたメイク道具。きっとあの時に違いない。

「……何があったの?」

 日比野さんを巻き込むほどの事情があったということはわかった。だけどこのボイスレコーダーには先ほどの会話が収録されている。つまりあの日のことについてあいつが話したことも。

< 87 / 111 >

この作品をシェア

pagetop