熱く甘く溶かして
証拠
 午前中から警察署に行くことになったと智絵里から連絡を受け、会議を終えた恭介も早退をして向かった。

 署に着くと、今も話が続く部屋の外の廊下で待つよう指示をされる。恭介は長椅子に座った。

 どんなことを聞かれているのだろうか。あの日のことを思い出さなければならない智絵里の心が心配だった。

 その時一人の中年の女性が女性警察官に案内され、恭介の方へ向かってくる。

「こちらでお待ちください」

 恭介と同じ長椅子を勧められ、その女性は少し戸惑ったように腰を下ろした。

 肩までの黒髪、無地の白いカットソーにベージュのパンツ。恭介の中で懐かしい記憶が蘇る。

「あ、あの……畑山さんですか?」

 恭介は思わず声をかけた。話しかけられた女性は驚いたように目を見開く。

「……ごめんなさい、どちら様かしら……」

 そう言われ、恭介は慌てて立ち上がる。

「篠田恭介です! 高校の時、何度かお家に伺わせていただいたことがあるのですが……覚えてないですか?」

 智絵里の家で会う時は、必ず母親が在宅する日と決まっていた。いつもにこやかにお茶とお菓子を出してくれるのだが、見た目が智絵里そっくりだったので印象深かった。

 恭介の言葉を聞いて、母親の顔に笑顔が広がる。

「篠田くん! 覚えてるわ! 久しぶりねぇ。眼鏡だから気が付かなかった! 今も智絵里と仲良くしてくれてるの?」

 母親にまだ何も話していないようで、恭介の口から話してもいいのか迷った。

「実は今、智絵里さんとお付き合いさせていただいてるんです」
「えっ……智絵里と?」
「こんな場所でお伝えすることになってすみません」

 こんな場所という言葉に智絵里の母親は驚きを隠せない。

「篠田くん……あの……もしかして……」
「大丈夫です。智絵里さんから話は聞いて知っています」
「そう……そうなの……。智絵里があなたには話したのね……」

 智絵里の母親はどこか安心したように肩を落とした。
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